第三話
相手するのがめんどくさいのだ。
ため息をついて、断ろうかと口を開こうとしたとき、いつの間にやら台所まで戻ってきたネピトーが私の服の裾をちょいちょいと引っ張った。
不思議に思いながらもかがんでみると、耳元でこそこそと話し出した。
「ねえ、勝ってお魚もらってちょうだい」
「別に勝ったときに貰った分の魚を店に使うのはかまわないけど、勝負自体がめんどくさいんだが……」
私は料理なんてほとんどしないから、食材を貰ったとて行き先がほかほか亭の冷蔵庫になるのを見越して行ってるんだろうな。
「夜に言うこと聞いてあげるから、ね?」
ネピトーはこう言えば私が言うことを聞いてくれると思っている節がある。
だが、私はそんなに甘くはない。
めんどくさい物はめんどくさいし、やりたくない物はやりたくないのだ。
「めんどくさいからやだ」
「縛ったり、酷くして良いから、明日休みだし一日中付き合っても良いわよ?」
「そこまで獣じゃねえっつの……」
「でも好きでしょ?」
「……」
「ねえ、お願いよ」
「はぁ……。晩飯をステーキにしてくれるってのもつけてくれるんだったらしてやる」
私がそう言った途端、ネピトーが離れた。
「やった!最近お魚の値段が上がっちゃって困ってたのよね」
「……はぁ」
これが惚れた弱みか……。
自分自身に呆れていると、漁師のおっさん達がニヤニヤしていた。
ギッと睨み付けてやるとすぐに視線をそらした。
手を拭いて漁師達とネピトーと共に外に出て、そこら辺に転がっているドラム缶を使って腕相撲勝負をすることになった。
「さぁ、かかってこい!」
若い男は自信満々に手を差し出してくる。
ジャケットとグローブを店の外に置いていたバイクにかける。
若い男の手を握り返し、思い切りやってやろうと考えていると後ろに立っているネピトーが耳元でささやいた。
「嫉妬したからって、折っちゃダメよ」
それだけ言って、ソッと離れる。
「……流石にそこまで大人げないことしないから」
「ふふ、どうかしらね?危ない物に手が伸びてたんじゃないの?」
あぁ、ネピトーが口説かれてる時に包丁に手が伸びたのがバレてる。
「俺が勝ったらネピトーちゃん口説くからな」
「てめぇの腕の骨折って使い物にならなくしてやろうか」
「ダメよ」
「やったらお前を代わりに船に乗せるからな」
私と、若い男の腕相撲勝負が始まった。
私たちの話を聞いていた酒飲みが話を広めたのか、周りには人だかりができはじめている。
ちびっ子から老人まで集まってきている。
「勝っちゃえ、澪!」
「新人も負けるな~」
あちこちからヤジが飛んでくるが、ほとんどが私に対する応援だった。
「負けても文句言うなよ」
「あっそ。まぁ、負けるのは確定してるから魚を集める算段を立てとくんだな」
審判はいつの間にか漁師のおっちゃんがすることになっていた。
「じゃあ……初め!」
手が振り下ろされる。
それと同時に若い男の腕に力が入り、私の腕を倒そうとするが、どれだけ力を込めても一ミリたりとも動かない。
「ん、ぐぐぐ……。な、んで……」
若い男は顔を赤く染め、腕に血管が浮き出るほど力を込めているが全然ダメである。
「何でそんな、無表情なんだよっ……!」
「別に、苦労してないからな」
若い男は最終的に体重をかけ始めたが、私の腕はびくりとも動かない。
「なあ、なんで私が杖道会の番犬だとか、アビスの人狼だとか呼ばれてると思う?」
「は?」
「並大抵の人間には負けないからだ」
腕に力を込めて倒していけば、若者の抵抗もむなしく倒れていく。
最終的にはダンっと音を立てて、若者の手の甲がついた。
「勝者、澪!」
わあっと歓声が上がった。
「えぇ……。マジかよ」
「ふん」
まさか負けるとは思っていなかったらしく、若い男は唖然とした様子で私を見つめる。
「じゃ、言ってた魚用意しとけよ」
バイクにかけていたジャケットを着てグローブを手にはめると、ズボンのポケットに入っているスマホが振動した。
「ん?……ふうん」
スマホの画面には、また奈落場市の中央部で事件が起きたと書かれていた。
「ネピトー、呼ばれたから行ってくるわ。冷凍庫にアイス入ってるから食べて良いよ」
「は~い、気をつけてね」
「ん」
バイクに跨がり人だかりを抜けて、走る。
事件が終わったと思えば、また事件、それが終わったと思えば更に事件という繰り返しだ。
「まったく……」
早々に事件を解決して、夕方の見回りの仕事も終わらせないと。
事件が解決した頃には、もう日が傾いたところだった。
若干遅れてしまったが、バイクに乗って見回りに出かける。
ちょくちょく起きている小競り合いや、悪質なナンパとかを締め上げているうちに時間が過ぎていき、もう終わりの時間近くになっていた。
最後に、トラブルの起こりやすい歓楽街の方面に向かった。
「特に何もなし、と」
今日は珍しくトラブルが起こっていないようだ。
これでお終いだと、止めていたバイクに跨がろうとしたときだ。
「み~お~!!!」
「……来たか」
今日の午前中に聞いた声が後ろの方から段々と迫ってくる。
振り返ったとき、ドンっと体に衝撃が走った。
見知った金髪が、私の腹に埋もれている。
「なんだよ……」
「何でお店に来てくれないの~?」
アゲハ蝶の嬢三姉妹の末っ子が突撃して来た。
「ネピトーに怒られたくないんだよ……」
「え〜、じゃあ連絡取ってみてよ。姉さん達も店長もお礼したいんだよ。この前、お客さんが暴れたのを取り押さえてくれたのもお礼できてないし、皆に逃がすなって言われてるの」
末っ子の首根っこを掴んで引き離そうとしても、なかなか剥がれない。
そりゃ本気を出せば成人女性くらいわけないのだが、怪我をされたらたまった物じゃないから本気を出すのは無しだ。
「も~……好きにしろよ」
「じゃ、連絡して」
「あ~、はいはい」
スマホを取り出して、ネピトーとのメールの画面を開く。
夕方頃に、見回りの時間が遅れるから何時に帰れるかわからないと話したばかりであった。
それに、杖道会の会長の孫に夕食に誘われたのもあって約束のステーキは後日と言うことになってしまった。
ちょっと不服である。
で、ネピトーにアゲハ蝶に連行されることになったと言うむねの連絡を入れてみると、すぐに返信が返ってきた。
了承の返事と、夕飯はどうするのかという返信だった。
「晩飯……」
「うちで食べる?出てくる前、店長と姉さん達がお客さんとでお好み焼き作ってたよ」
「キャバクラで何やってんの?」
いや、キャバクラって酒飲みながら嬢達と話したりするところだよな?
「皆楽しそうだったから良いんじゃない?」
良いのかそれで……。
困惑しつつも、末っ子に連れられアゲハ蝶に行ってみると本当にお好み焼きを焼いて配っていた。
なんか黒服とかも参加してない?
参加人数増えてない?
「あ!澪、やっと来た!」
「澪ち、こっちこっち!」
「何してんの……」
「お好みパーティーなの。常連さんがお好み焼き食べたいって言うから、いっそのことパーティーしようってなったの」
「いくら聞いても経緯がわからない……」
頭が痛くなってきたかもしれない……。
「澪ち、何食べる?豚玉と、すじこんと、ジャガイモあるよ」
「ジャガイモ……」
「はーい」
大皿に積まれていたお好み焼きを温めた物を手渡された。
渡してくれた嬢いわく、醤油をかけると旨いんだそうだ。
「悪くない」
「でしょでしょ」
「澪ち、お酒飲む?」
「バイクで来てるから飲まない」
「は~い、ジュース出しとくね」
「ん、どーも」
お好み焼きを食べたり、嬢達に引っ付かれたり、客に絡まれたりしながら、時間が過ぎていった。
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