初雪

「知っていますか? 友嗣」

 まだ明けやらぬ空を見上げながら、俊雅が問うように呟いた。

 実際に訊いているわけではないので、答えることはなく耳を傾ける。

 座る彼の腰に手を回し彼に寄りかかれば、甘やかすように頭を撫でてくれた。

「今日は、遠い異国では特別な日なのだそうですよ」

「特別? なんでまた」

「なんでも、神の御子がお生まれになった日らしいです」

「そりゃ、神にだって御子はいるだろうけど、そんなもんいちいち考えてたら、年中記念日じゃないか」

 そう言うと俊雅は、それは我が国だからでしょう、と返した。

 我が国だからということは、くだんの異国では違うのだろうか。

 友嗣の考えを読んだかのように、彼は話を続ける。

「異国では、神は一柱なのだそうです。万物を統べる唯一の神。その方が、人として神の子を降ろされた。人々を救うために」

「へぇ、そりゃ確かに、めでたいね」

 人を救うために、人を生む。人の世に生きるからこそ救えるのだと、神は思ったのかもしれない。

「あのな、俊雅。愛してるよ」

「なっ、なんですか突然!」

「いや、なんか今、すごく素直な気持ちになってるだけだよ」

「はぁ? ついに頭がおかしくなりましたかっ!」

 俊雅が照れる姿を見たくて、からかって遊んでいると、ふと、彼が着て来た服に目に入った。

 昨日は気が付かなかったけれど、これはなかなかいきなものだ。

「初雪のかさねか」

「今さら気付いたんですか?」

「お前しか見てないからな」

「着ているものも俺の一部なんですが」

 彼が着ているのは、表が白、裏が少し濃い白のかさねだ。それを「初雪」の襲という。

 きっと初雪の逢瀬に着ようと思い、仕立てていたのだろう。なんと健気なことか。

 友嗣は気分が良くなって、ふと思いついた口上を歌に乗せた。


 玉の緒よ 絶ゆことなかれ 君あらで 生くることわり つゆにぞあらじ

 ――儚い命よ、絶えてくれるな。君がいない世では、生きる理由などまったく無いのだから。


 昨夜の歌の返しである。表現に技法を凝らすのは得意ではないから、ただ思いついたままに。

 俊雅はその歌にふわりと笑うと、貴方より長生きしますよ、と耳元で呟いた。

 それはそれで、なんとなく悔しいけれど、まあ良い。

 約束だぞと小指を差し出せば、もちろんと彼は応える。

 絡まる小指に幸せを実感しつつ、友嗣は、まだ降る雪を見つめるのだった。


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初雪に口付けを 吾妻 奈都 @Natsu_Azuma

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