第2話 異世界やファンタジーには興味ないけど

 物事は全て、機会費用で考えるべきだ。

 簡単に言えば、ある選択をすれば別の選択は無かったことになる。大学に行けば授業料を払い、就職すれば貰えるはずの給料も失う。

 だけどこういった展開は、機会費用においてプラスかマイナスか僕でさえ到底わかり得ない。通常は選択という意思が伴うものの、いきなり投獄され、いきなりドアから声がしてきて、いきなり見知らぬ地で無一文になるとは、備えが足りないとはいえアクシデントにほどがある。


 だけど将来的には異世界ツアーが商売として成り立つ時も来るだろう。僕は先行体験としてその裏側を知ることにより、魔力が何かを解明して再現する技術を手にすれば、異世界ビジネスの先駆者として名を馳せ、宇宙旅行よりも一大ブームにさせるのだ。


 彼の名は雁杉錬かりすぎれん。過去に異世界なんてくそくらえ、現実逃避なんか馬鹿馬鹿しいと蔑んでいたこともあり、周りの生徒たちが読んでいたファンタジー小説や漫画、アニメなどまるで興味がなかったのである。だから物理的に外さないものがあることには心底驚愕した。なんせ『呪いのアイテム』を入手したのだから――



 ダメだ、やっぱりビクともしない。


 なお、僕は街中で他の人には見られまいと、白黒の囚人服の袖にその腕輪を忍ばせながら密かに格闘している。下手したら自分の腕がちぎれるな。


 仮に異世界だとしても、ただのVRか夢だとしても、ここで一生暮らそうだとか、やり直しをするつもりはない。

 これも機会費用と捉えて経験値を積み、無一文からのサクセスストーリーを切り拓くのだ。


 所持金0から始める――今はよそう。


 僕は異世界ものの定番が果たして何なのか、知識のない頭を絞っていると、コインの入った宝箱がぱっと浮かんだ。ゲームなら宝箱がその辺に落ちている気がしたし、ちょっと探ってみよう。何かを壊したらコインが出てくる演出もあったっけ。ただ器物損壊と窃盗に該当しそうだし、再度捕まるリスクもあるので今はパスかな。


 というか全身、黒と白のボーダーである。隠れるどころか不審者オーラ全開。


 まずはこの腕輪を質屋で売り出すのを目標としようと思い、僕は等価交換を行える場所を求めてうろうろしていたのだが、最初の問題に直面した。

 字が全く読めない。いわゆる未知の言語であった。これでは現地の人とやり取りすることすら叶わず、初っ端から詰んでしまうかも。


「その辺に落ちている宝箱……?」


 再び同じワードが頭をよぎった。宝というのは往々にしてゴミ箱の中に眠っていることがある。


 しばらくして、燦々と照り付ける日が傾き始めた頃。


「くぅ……体力というリソースを消費してしまった」


 初めて空腹を覚える。たった今、船場から戻ってきたばかりだ。まだ僕が幼く、お小遣いも1000円以下だった頃にやってきた、もっとも原始的な方法。スクラップ集めである。


 街の路地裏であれば、廃材や金属が落ちているだろう。工場が無いのなら武器を売っている店の裏側だろうと目星をつけていき、時には地面に伏せながら道草している犬のごとく、目に入ったものを次から次へと物色した。


 ここが沿岸部なのは散歩してる間にすぐ気づいたので、足が勝手に吸い寄せられる。食べ物の匂いにつられるかの如く、いつしか僕は金属の気配がすれば反応する金属探知機に成長していた。


「なんだこれは?ゴミ拾いでもしてるのか?」

「どれくらいの価値があるか知りたいんです」

「この程度じゃそんな価値はない。もう少し勉強したらどうだ」


 船場のおじさんはしけた顔で言う。結局、集めた戦利品はすべて自分で持ち帰ることになったが、詰めるバッグも無いと1kg程度でも身動きがとりにくい。


 しかし、確かにここが異世界だという確証を得たのは一つの収穫である。なんせ見たこともない金属がゴロゴロと見つかったから!まるで宝石箱だと心の中で唸ったが、世の中は冷たい。


 鉄ですら元の世界と比べて温度や質が微妙に違うのに、金はものすごく金らしい特徴であることが逆に不思議に思った。


 元素図鑑などにも興奮してしまうタイプで、その血が騒いでしまうのはまずい。



「うぅ、燃料切れか……」


 日照りのせいで、空腹よりものどの渇きを覚える。乾燥地なのだろうか、とにかく情報を手に入れるまでに体という資本を失ってはならない。


 少しふらふらしてきた頃、光り輝く鉱石の陳列が見えた。店で売り出されているということは価値がある金属に違いない。他にも工芸品やお土産らしきものが並んでいて、外国人向けのぼったくり商店だろうかと少し警戒した。しかし餌をまかれた自分はまんまと中へ足を踏み入れる。


 人の気配は見当たらない。店内のものを傍目で観察していると、ほどなくして奥から老婦がよろよろと暖簾をくぐってきた。


「おや、若い衆よ。どうしたんだい?」

「日差しが強いので中に入りたかっただけです」

「ふむ、そうかい。ここは快晴の日が多いからねぇ、おぬしはよそから来たんじゃろ?」

「ええ、そうですけど」

「最近のベルリアはねぇ、よそは危ないからと言って市民以外の立ち入りを制限するようになったんじゃ」

「なかなか物騒な世の中じゃろう?おかげで商いもさっぱりできておらん。せっかく来てくれたおぬしには一つ良いものを見せてやろう」

「良いもの……?」


 一瞬ギクッとなったが、そもそも店主の言うことに信ぴょう性はあるのだろうか。確かに辻褄は合っているが、店が閑散しているのをごまかすために、ただ言い訳しているのかもしれない。


「その人の心の闇を映し出す【鏡映の遺物】じゃ。わしは元々占い師でね、体質や状態に合った石を渡したり、風水を整えたりすることが生業じゃった」

「ただの水晶にしか見えぬが、特別な代物なんじゃ。かつて王族が世の成り行きや顛末をのぞき見るために用いられた。でもって、わしは占い師として、おぬしの過去と未来を見ることが出来る……」


 なんて怪しい言葉の羅列なのだろう。だけど僕は条件反射的に疑念を投げかけるタイプではない。率直に言ってしまったせいで、恥をかいた苦い思い出があるのだ。ただ気になったことが一つ。


「もしかしてあの白い宝石は偽物ですか」

「ふふっ、目利きの良い子だねぇ。うちは万が一、盗っ人がやって来ても大丈夫なように、ダミーの宝石をわざと少し置いておるんじゃ」

「ダミーを売るほど悪徳ではなかったようですね」

「占いには興味あるかい?今その水晶で、おぬしの未来を覗いてみるとしよう。10000ルクスだけで結構じゃ」

「えっと、今は持っていないので……」


 おばあさんが言うには、僕には特別な運命が定まっているらしく、近いうちに大変な目に遭うのだとか。そういった占い師の常套手段とセールスマンはよく似ている。人の射幸心を煽る手口には慣れっこだ。だが水晶をタダで渡すといって、彼女はその遺物とやらを図々しく僕の手に置こうとする。


「はて、その鉄くずはなんじゃろうか」

「えっと……ゴミ拾いをしてたんです。でも価値があると思ったものだけを拾いました」

「ほう、それは偉いねぇ。大変ご苦労じゃった。机の上に置いて構わんよ。」


 やっと手元が空いて、少しホッとする。

 おばあさんは紺色の布を取り出して、スクラップと一緒に水晶も丸ごと包み込もうとした。


「いえ、そんな貴重なものはいりません。できれば偽物の宝石が良いのですが」

「ふふっ、ならばそれを渡そう。おぬしは気づいたら見知らぬ街にいて、物を買うにも一苦労じゃろう」


 なぜ事情を知っているのかと耳を疑った。おばあさんは白い宝石を手渡し、スクラップの一部とは既に風呂敷のように包み込むと、これを対価として引き取ってあげようと口にした。僕は傍にあった水晶を初めて手に取る。石英の材質はごく普通だった。


「未来は刻一刻で変動するもの。全体の景気が良くなってもそれは一気に急降下する前触れかもしれない。その逆も然り」


 店を出ていく際に、僕は独り言を口にした。


「ふふふ、期待しとるよ――」


 おばあさんの視線は暖かかったが、なぜか不敵な笑みを浮かべている。



 後になって気づく。普通に言葉は通じるのだ。


 今日は一人の親切な女の子が喫茶店の中へ招待してくれたのを除いて、ほとんど飲まず食わずで過ごし、野宿は屋根の上に決めた。泥棒が下から這い上がってきた場合も、屋根を伝ってきた場合も下に降りられて多少は便利だ。


 日中の暑さに比べて夜はかなり冷え込んでいた。怪しい占い師から受け取った大きめの布地をシーツの代わりにする。内ポケットには金具が入っているため、スクラップは全部入りきらず、残りは目立たないように覆い隠すしかない。

 月明かりが差し込み、大教会の傍にある噴水公園は地面が白く照らされ、ベンチには寝そべり族がたむろしている。一眠りしてもまだ外は暗かった。


 そして夜が明けた。早朝から炊き出しが始まり、長蛇の列に並んでパンやスープをもらう。

 喫茶店の店内にいる時も、教会での炊き出しの時も、青い画面の上に数値と『ルクス』という文字が躍り出る。


 ――――――――――――――――――――――――

【ルール】


 - 肉体の一時強化は対価を支払うことで可能

 - 魔力は所持金の増減に応じて比例する


 現在の信用度:0ルクス


 ――――――――――――――――――――――――


 つまりこの世界の”異世界らしさ”はファンタジーにあるのではなく、金にあった。

 紙幣どころか貨幣も存在せず、画面バーチャルだけで取引が完結していた。

 見た目は中世、中身は近未来といったところか。


 そうそう、喫茶店で働いていた同い年くらいの女の子が言っていた。


「ただいまお水をお持ちしますね」

「そういえば、硬貨や紙幣って使えますか?」

「えっと……なんのことでしょう?」

「何か物や対価を交換するときに必要ですけど」

「も……もしかしてルクスのことでしょうか?ルクスは神さまが授けてくれたもので、その人の信用や価値を表してるんです」


 一時の観察を経て推測するに、ルクスはその個人にあらかじめ埋め込まれたチップのようなもので、身分証の役割すら果たしている。そして『神が授けてくれたもの』とは『偽造不可』を指しているのだ。


 どんな金策を編み出すべきか。

 既にゴミ捨て場や街のあちこちで警察犬のごとく金属の匂いを嗅ぎ分け、スクラップを一心にかき集めていたがいったん保留としよう。


 まずは信用ルクスを得るためにどうすべきかだな。


「店長さんはムスっとしていましたけど、1日だけならバイトしてもいいって言ってました! えへへ……」


 頬を赤らめながら満面の笑みを見せる彼女は、亜麻色の編んだ髪に黒く垂れた獣耳と丸くて白いツノのアクセサリーをつけている。

 なぜか僕は、明日から労働バイトで対価を得るというこの世で最も陳腐な方法に付き合わされるらしい。

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2025年12月23日 18:00
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金の魔術師~金稼いで強くなります~ ねいげつ @neigetsu

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