生きる 最終話
あれから二十年が経つ。竜也は四十歳になり、舞は四十一歳になった。二人の結婚生活は上手くいっており、
あの日、竜也は舞にすべてを話して舞はそれを黙って聞いていた。竜也が実親から何をされたか、小学生時代の喧嘩騒動に、親から絶縁宣言されたことを全て話した。
「その問題を解決しなきゃ、私達に本当の幸せは無いよ」
「はい」
「私はいつまでも待ってるから。それに、高校生の時は散々待たされたし、待つのには慣れてるよ」
「舞さん、ありがとう。けど、待たせないよ。昔の俺とは違うのだから」
「よかった。けれども、竜也君の実親もついてなかったね。強盗に巻き込まれるなんて」
「舞さんも、一人暮らしなんだから気をつけてくださいね」
「ありがとう。今日は大学の授業に出なきゃだから見送りはできないけど、大丈夫かな」
「大丈夫だよ。ありがとう」
舞に礼を言ってマンションを後にした。
タクシーで駅に向かい、駅員さんから切符の買い方を教えてもらいながらなんとか八戸行きの切符を購入することが出来た。
磯崎荘にタクシーで戻ると、慎太郎とタエが待機している。
「すまないな、邪魔しちまった」
「私もせめて一日滞在を延ばしていれば」
「いや、いいんだ。それに、あの二人の問題はいずれ解決しなきゃいけなかったんだよ。舞さんと付き合っているのだから」
時刻は午後の二時をまわっていた。慎太郎は気を使って竜也を休ませようとしたが、竜也は断り、慎太郎から事件のあらましを聞いた。
警察の話によると、竜也の父と母が勤務先の銀行を無断欠勤し、不思議に思った同僚は電話をしてみたら全く出ず。二人は真面目で有名なので、これはおかしいと思い、しかし、考えすぎかなと思いながらも、会社を出て自宅を確認すると呼び鈴に反応しない。失礼だと思いつつ、家の裏から居間を確認すると、竜也の父が倒れているのが見えたので慌てて警察と救急車を呼んだそうな。
中を確認すると、竜也の父は刃物で刺されたようで竜也の母は、キッチンで頭を殴られてうつ伏せに倒れていた。
犯人の名前を見て、竜也はその名前に聞き覚えがあったのだ。犯人は二人で、名前は小坂に山内。竜也の同学年であり、かつての同級生である。
この二人は小学生時代、知り合いの磯野の友人であり竜也に陰湿ないじめを繰り返していた人物だった。
小学生時代の連絡簿を取り出し、磯野の自宅に電話をかけると、懐かしい声が聞こえ、
「磯崎か、大丈夫だったか」
と、随分と心配をかけてしまったようだ。それから、磯野と会う約束をして八戸市内にある東運動公園で待ち合わせすることになった。
久々に会った彼は身長が高くなってい、聞くと今は高校でバスケ部に所属しており、それなりに活躍しているそうな。
彼はコンビニで買った飲み物やら食べ物を竜也に渡し、
「あっちで話そう」
と言ってベンチを指差した。
ベンチに腰をかけると、
「こうしてちゃんと話すのは小学生以来か、あの時はすまなかったな」
「いや、あの時、磯野は謝っただろ。だから、謝罪はいらないよ」
「そうか」
今日は夏真っ盛りということもあり暑いには暑いが、耐えられないほどではない。天気はいいのだが、気分は晴れ晴れとした気分ではなかった。
磯野は、あの事件の後を語った。
小学生の時に徹底的にやられた磯野は、今までの自分の行いを恥じて、まともになることを決意する。しかし、ちゃんとした道を歩みたくても、自分の周りにいる人間はまともでは無い。竜也が小学校を去った後は、小坂と山内がクラスの中心になって支配していた。そのやり方はやはり陰湿なもので、弱そうな人間をターゲットにしていじめをするというもの。それを見た磯野はそういうことはもうやめようと、説得したが、二人は聞く耳を持とうとはしなかった。むしろ、その矛先を磯野に向けて来たが、磯野に同調したクラスメイト達が味方をしてくれたので、なんとか孤立せずに済んだそうな。
中学生時代は、あの二人とは全く関わりなく過ごしたそうで特に何かをやられることはなかった。だから、磯野はあの二人とは完全に切れたのだなと思っていた。
「あいつらに何があったのかは分からないけど、あいつらと俺の違いは竜也から殴られたかどうかだと思う」
「どういうこと」
「最近、ある凶悪犯罪を扱ったノンフィクション小説を読んでてさ、そこに出てくる加害者ってのは、あまり叱られずに幼少期を過ごして来たらしい。それからずっとそんな教育を受けて大人になるんだけど、この人はこの年齢になってもどうして悪いことをやめることができないのだろうかと、悩んでいたみたいだな」
「そうなのか」
「その犯罪者と、小坂と山内が重なってさ」
「どういうこと」
磯野は、淡々と説明する。
磯野はあの二人の親とも知り合いだが、やはり自分の親とは何かが違うのを感じていたそうな。
小坂の両親はどちらも医者で、そんな二人に育てられたこともあり彼は学業がかなり優れていた。その一方で、彼の兄は平均レベルの学力であったが、一般的にみても優れている人間だ。しかし、小坂家内では劣等生として普段から馬鹿にされていたそうな。そんな兄に対して彼は両親と一緒になって徹底的に攻撃していた。
「あいつの兄に対しての家族の接し方を見て、ウチの母が苦言を呈したんだよな」
「兄に対しての態度を親が注意しなかったから、罪悪感を身につけることが出来なくなった。だから、悪いことをやめられなくなったってことか」
「俺もそう思う。山内も似たような境遇でな、アイツはスポーツが優れていたから。だから天狗になったんだな」
今まであの二人に憎しみがあった。しかし、そう考えると、もしかしたらあの二人も被害者だったのかもしれない。もしも、立場が逆だったら竜也も磯野もそうなっていたに違いない。そして、舞という最愛の恋人とも出会っていなかったかもしれないのだ。
磯野と別れて、次の日に備えた。
父と母の葬式を終えて、これで二人とは完全に縁が切れることになる。竜也にとって父と母との問題に一旦の区切りがつくことになった。すっきりする形ではないが。
「こんな形で逝っちまうとはなぁ。しかも、皮肉なことに昔、自分の息子を見捨ててでも味方した二人に殺られちまった」
と祖父は嘆き、祖母は黙って線香をあげた。
あれから竜也と舞は結婚し、それなりに幸せに過ごしていた。祖父と祖母は健在で、元気に寮を経営している。大学を卒業した竜也は、もののはずみで書いた小説が大きな賞を取り、物書きとなった。舞は地元の図書館で働いている。
そして、竜也と舞の間に生まれた娘はすくすくと育ち、寮生の夕飯を作っている折に同じくらいの年代の少年を連れて来た。
「あの、娘さんとお付き合いさせていただいてる•••」
後ろにいた彼女は彼の背中を叩き、
「硬いよ」
と、呆れながら言った。
竜也は二人を見て、嬉しくなり手を止めて目線を向けた。
「話は聞いてるよ。よく来た。ご飯はどうするの」
この幸せは竜也が戦わなければ得ることができなかったモノだ。娘とその少年を見て、竜也は自分が得た幸せを噛み締め、その幸せがこの二人にも巡ることを強く願った。
処女作(連続短編小説) 石原伸一 @04130413s
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