生きる④
早坂舞は学校の成績は良く、高校もいい所に行けるだろうと言われていたが、間が悪いことにタチが悪い風邪をひいてしまい、私立の高校に通う事になった。一応、追試験を受けると言う手はあったのだが、風邪が長引いてしまい、結構そちらを受けることができなかったのだ。しかし、私立の入試の方は実力を発揮し、一定の点数を得ることが出来、そこの学校は一定の点数を超えると授業料免除になるのだが、授業料免除の資格を得ることができた。
早坂舞の両親は一安心し、舞に
「一矢報いたな。良くやった」
と言い称えた。
今現在、舞は自宅に居た。父の書斎で父に試験の報告をしていたのだ。
舞の父親は八戸市で有名なハヤサカ水産の代表取締役であり、早坂
「ありがとう。お父さん」
舞は嬉しそうに言った。
しかし、それよりも勉には気になっていることがあったのだ。知り合いである、磯崎慎太郎の孫と舞は仲がいいようで、親ならあまり詮索すれば嫌われるだろうと言うのは分かるが、気になるところであろう。
「それじゃ、おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
踵を返して立ち去ろうとする舞であるが、勉はそれを引き止めた。
「舞」
「どうしたのお父さん」
振り返った舞に今まではなかった趣を勉は感じていた。
「竜也君とは仲良くやれてるかな」
「うん、やれてるよ」
「それはよかった。じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
書斎を立ち去る彼女は、以前の彼女ではなかった。彼女は確実に前よりも明るくなっていたのだ。勉は父であるが故に、複雑な気持ちだった。舞は極度の人見知りで、友達が中々作れなかった。しかし、舞の姉である美来と相談して、知己の友人である慎太郎に舞を預け、竜也と行動を共にさせた。結果、人見知りはまだあるものの、マシにすることが出来、達也には感謝の意がある。
書斎の戸が開き、勉の妻である恵美子が入ってきた。彼女は勉の顔を見、開口一番、
「まぁ、あの子が気に入っている子らしいから、私達は見守りましょう。大丈夫ですよ」
「あぁ、そうだな」
恵美子は、勉の机にコーヒーを置いた。時刻は午後の十時である。
実は仕事が忙しく、中々娘達に会うことができなかった。
数ヶ月ぶりに舞を見た勉であったが、勉は舞の様子の変わりように驚いていた。いつも、下を向いてオドオドしていた彼女が、前を向いて、以前ならボソボソ喋っていたのが今では明るくはっきりと言葉を発している。
以前、竜也といい雰囲気だったと美来から聞いて、更には彼氏として竜也君を家に連れてくるのも時間の問題なのではと言われてから、なんとはなしに娘を取られたような気がしてモヤモヤしていたのだ。
「まぁ、あの子があんなに明るくなったのなら、竜也君は信用できるってことだよな」
「そうですよ。竜也君を信じてあげましょうよ」
恵美子がそう言うと、勉は静かに頷いた。娘を送り出す父とはこういう心境になるのかと、勉はしみじみ思った。
竜也にとって、学校というものはつまらないものだった。しかし、中学生になって良い先生や仲間達と出会い、学校は楽しいのだなと生まれて初めて思えるようになった。
それから時が過ぎ、竜也は高校二年生、舞は高校三年生になり、竜也としては関係を進展させたいと考えている。しかし、中々勇気が出ない。
そして卒業式、全ての予定が終わり、磯崎荘で舞の送別会が行われた。寮のほとんどの人間が集まり、舞の明るい未来を願い、送り出した。
その時、竜也は覚悟していた。もしも関係が悪くなったとしても自分の気持ちを伝えようと。
次の日の朝、舞の最後のバイトの日。
竜也は朝の掃除中に、舞に告白した。竜也の言葉一つ一つをしっかりと聞いた舞は、
「遅いよ、竜也君。私、自分が自惚れていると思ったんだから。私だって竜也君のことが好きなのよ」
と呆れ気味に言った。
「私ね、なんとなく竜也君が私のことを好きなのを察してたの。だから、今まで結構な人達から告白されてたんだよ」
「そうだったんすか」
「そう。だから、東京の大学で気になる人が居たらまあ良いかなって。だから、本当に危なかったんだよ。もしも、告白が遅れていたら帰省した時に彼氏を連れくるかもしれなかったんだから」
竜也は何も言えなかった。
「うん。まぁでも竜也君とお付き合いできるのなら楽しそうだし、私も竜也君のこと好きだからよろしくね」
「はい、任せてください」
こうして二人は、晴れて恋人関係となった。
舞が居なくなった磯崎荘は竜也にとって寂しいモノであったが、携帯電話の番号を交換していつでも連絡を取り合えるようにした。舞は文学が好きで将来は図書館司書を目指すと語っていた。出版社に勤めることを視野に入れてはいたが、売る側に立つよりは子供達が本を好きになることの手伝いをしたいとのことだ。
東京の大学で勉強して資格を取ったら、青森県に戻って就職するつもりだそうな。
竜也は将来についてあまり真面目に考えたことが無かった。舞が卒業し、高校三年生になりはしたが、自分の未来を描けずに夏を迎えた。
慎太郎からも、祖母のタエからも、竜也は自分の好きなようにしなさいと言われている。もしも、やりたいことが無かったら何処かの大学の文学部にでも入って四年間また悩めば良いとも言われていた。
更に慎太郎はある道を残してくれた。
「もしもなんだが、磯崎荘をやりたかったらやってもいいぞ。俺は、体が動かなくなるまでやるつもりだからな。まぁ、考えておくんだ」
磯崎荘を継ぐ。これは竜也にとって一番の美来に思えた。
竜也が寮を経営して、舞と結婚して、幸せに暮らす。
しかし、それは理想であり叶えるためには能力が必要になる。では、必要な力とは何か。それを理解するのも、理解するのも、まだまだ時間がかかりそうである。
高校三年生になって、達也は慎太郎にある提案をされた。あと数日で夏休みなのだが、それを利用して三日くらい舞と同棲してみないかと。祖母のタエも同行はするが、一日だけ泊まってその後は青森に帰るそうな。祖父も本当は様子を見たかったが、寮のことがあるので県外に出ることが出来ない。
ということで数日後、竜也とタエは東北新幹線に居た。電車に乗るのは、中学生の時の修学旅行以来で、ノスタルジーな気分になっていた竜也は新幹線の旅を楽しんでいた。
「そう言えば、舞ちゃんと連絡とっているのかい」
タエは竜也に問いかける。
「うん。とってる」
「そうか、あの子はいい娘だよ。ちょっと人が苦手なんだろうけど」
「最初は酷かったな。けれども、磯崎荘で働いて、良くなった」
「ちゃんと守ってあげるんだよ」
タエはそう言って、八戸駅で買った押し寿司の弁当を開けた。
竜也も、八戸駅で買ったカニ飯を開けた。
「駅弁って高いけど、まぁ、買ってしまうんだよな」
と、タエはボヤきながらサバの押し寿司を頬張る。
竜也はカニが大好物で正月ぐらいにしか食べれないカニを食べて、特別感を楽しんでいた。
電車を乗り継いで舞が住む八王子に着いた頃は時刻は十八時を回っていた。電車を降りて田舎では絶対に遭遇しないであろう人混みに流されながら、改札口の向こうで舞と再開した。
「久しぶり、竜也君」
「久しぶりです。舞さん」
久しぶりに再開した二人は、どこか初々しい様子だ。
そして、舞の他にも挨拶をしなくてはならないお二方が居た。
ハヤサカ水産代表取締役の早坂勉。そして、その妻の早坂恵美子だ。八戸市でも有名な水産加工会社の社長と婦人なだけある。やはり、まとっているオーラが違う。
その二人とタエは挨拶を交わしていた。
「初めまして、竜也の祖母のタエと申します」
「初めまして。私は早坂勉。隣は妻の恵美子です」
「初めまして。よろしくお願いします」
と頭を下げる。
竜也は緊張した面持ちで、
「初めまして、舞さんと交際しています竜也といいます」
「初めまして竜也君。会いたかったよ」
二人はお互いに握手を交わした。竜也は、慎太郎から勉についてのことは聞いている。勉は慎太郎が経営している磯崎荘の前身である、早坂荘の経営者の息子であった。意外なところで繋がりがあるものだ。
改めて竜也は勉に偉人特有のオーラを感じた。しかし、彼を良く見ると舞の目つきの悪さは、父親譲りかと竜也は思った。
握手を解き、恵美子にも挨拶を交わす。
「よろしくね。竜也君」
「はい、お願いします」
恵美子は、どこか上品な雰囲気を纏っていた。舞の雰囲気はこの母親譲りであろうか。
「先ずは移動しましょう」
勉はそう言うと、四人共頷いてその場を離れた。
八王子内にある温泉宿に、一泊する。この温泉宿は有名で、竜也はここのワイン湯なるものに興味を持っていた。
部屋は古いが、掃除が行き届いており整っている。竜也は一人部屋を希望したが、タエに背中を思いっきり叩かれてしまう。
「馬鹿、おまえは馬鹿だよ」
と罵倒され、結局はタエは一人部屋、竜也と舞は二人部屋、そして、早坂夫婦は二人部屋となった。
銭湯、食事を楽しんだ後、就寝の時間になり竜也と舞は床についている。この空気感は、まるで修学旅行のようで、竜也も舞も懐かしさをかんじていた。
「タエさん、相変わらずだね」
舞は楽しそうに言った。舞がまだ磯崎荘でバイトしている折にタエのパワフルさを良く身近で見ていたのだ。
「まあね。歳をとるたびに強くなってるような気がするよ」
「私もあんな感じに強くなりたい」
「俺もだよ」
そう言えばと、竜也は切り出す。早坂勉は会社の社長で、会社を離れてもいいものかと疑問に思ったのだ。
「大丈夫。それに、竜也君に会いたがってからね」
付き合ってから数ヶ月であるが、竜也は舞の両親に会ったことが無かった。
「よくよく考えたら、気になるよなぁ」
病的な人見知りを治した所か、娘の恋人になりおおせた男はどのような奴なのかと、普通の親なら気になる所だろう。
二人だけの時間はあっという間に過ぎていく、気がつくと時刻は十一時を回っていた。
「そろそろ寝ようか」
「ですね」
そうして二人は就寝した。
朝食を済まして五人は旅館の前で解散し、竜也と舞は行動を共にする。来年、もしかしたら同棲をするかもしれないと言うことだから、三日くらい舞の部屋に住んでみるかということになったのだ。
しばらく二人で観光を楽しみ、そして、八王子のマンションに到着し遂にかと竜也は緊張した。
今現在の時刻は午後ゼロ時だ。
舞が住んでいる部屋はそれなりに広く、風呂付きキッチン付きである。
彼女の性格が出ているのか、部屋はキッチリと綺麗になっていた。
「綺麗にしてるね」
「まあね。竜也君が来ると思って掃除、頑張ったんだから」
嬉しそうに話す舞に、竜也は少しだけ魅力的に感じてしまう。彼女が魅力的に見えるのはおそらく竜也が彼女のことを心底好いているからであろう。
「お昼、作るから待ってて」
そう言ってエプロンを締める舞は、台所へと向かった。
昼食が終わって、二人はなんとなくそんな雰囲気になり、真昼間ではあったが体を重ねた。竜也自身、やはり男なのでそのような行為に興味があった。しかし、行為と言うのは自慰と違って、実際にしてみるとお互いの気持ちを確かめ合うものなのだと竜也は理解することが出来た。竜也は、舞の体を求め、舞もそれに応える。そして、二人は愛と快楽が入り混じった幸せを噛み締めた。
果てた二人は、お互い天井を見ている。
先に言葉を発したのは、舞であった。
「安心した」
その言葉には心がこもっている。竜也は、彼女に視線を向けた。
「実はね、私、こうなることを望んでたの。恋人で終わりたくなかったから。最後まで一緒にいたかったから」
「うん」
「上手くできなかったらどうしようって思ってだんだけど、心配なかった」
「俺もよかったと思ってる」
舞も竜也に視線を向ける。これで、お互い見つめ合った状態だ。
竜也は、たまらなくなり舞を自分の元へと引き寄せて少し乱暴に抱いた。
竜也の腕の中で舞は嬉しそうに、はにかみながら言った。
「絶対に話さないでよ。竜也君」
幸せを噛み締めながら迎えた朝は、竜也にはいつもと違うように見えた。隣では、まだ舞が眠っている。
時刻を携帯電話で確認すると、朝の七時になっていた。
ふと見るとメールの着信が入ってい、それを竜也は確認。送り主は慎太郎。内容は、あまり良くない。
丁度、目を覚ました舞は竜也を見ると、彼の様子を察したのか、
「どうしたの」
と聞いてきた。
「ごめん、今日帰らなくちゃ」
それを聞いた舞は驚いた様子で体を起こし、どうして帰るのかを聞き返す。
すぐに帰ることはないので、いい機会だから舞に全てを話すことを竜也は決意した。
「俺の実親が殺された。強盗だって」
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