棄てられた王女
この星のスラムには、帝国が捨てた廃棄物が流れ着く。俺は今日もそのゴミ山を漁っていた。
生きるため。そして――彼女を見つけるためだ。
毎日、毎日。空から落ちてくる新しいゴミを探し回る。
当たりを引いたのは、記憶が蘇ってから三か月後のことだった。
帝国の刻印が刻まれたスリープポッド。中には、紅い髪の少女が眠っている。
ありえない話だ。金の湖を自称する帝国に金髪碧眼以外の人物など一人しか居ない。
「……あ」
背筋が冷えた。
間違いない。彼女が海賊王女イングリッドだ。
本来なら、ここで死ぬはずの存在。おそらく昨夜、投棄されたばかりなのだろう。操作パネルには《エラー》の文字がいくつも点滅しているが、なんとか間に合ったようだ。
「ちっ……!」
ゲーム時代ならいざ知らず、操作方法なんて分かるはずもない。俺はその辺に転がっていた石を掴み、パネルへ叩きつけた。
一度、二度。何度も、何度も。火花が散り、警告音が鳴り響く。
次の瞬間、ポッドのロックが外れ、冷たい空気が噴き出したのが解った。どうやら間に合った。
俺は慌てて中を覗き込む。すると、霜に覆われた白い肌。様子を窺い、ぺちぺちと頬を叩くが反応はない。
「……大丈夫か?」
不安がよぎった、その時だった。
ぱちり、と。灰色がかった瞳が、俺を射抜く。綺麗だ、と思った次の瞬間、伸びてきた両手が俺の首を絞めた。
「――ぐっ!?」
抵抗する間もなく体勢が逆転する。馬乗りに押さえつけられ、息ができない。力が違いすぎる。スラムの浮浪児の腕力ではどうにもならなかった。
見上げた表情は、怒りに塗れて、目覚めてばかりでもなお、美しかった。
しかし、その姿に見惚れているばかりにもいられない。
「たす……け……て……! だず……けて」
俺は掠れた声で必死に懇願した――数秒後。
彼女は怒りの形相から、「……はっ!」と声を上げ、慌てて力が抜け、俺は解放された。
「ゲホ……! 目は覚めたかい? お姫様」
情けなく咳き込みながら声をかける。彼女は額を押さえ、ぼんやりと周囲を見回した。
「ごめんなさい……まだ頭がふらふらする……。ここ、どこ? あんたは誰? ……お腹すいた」
「ここはマナタイト採掘星ダーナ。俺はシモン。飯はない。他に質問は?」
「ダーナ? 嘘でしょ。こんな臭い場所、私、知らないわよ?」
周囲を見渡した彼女は顔を顰めた。
俺は冷たくなった喉元を擦り、不貞腐れ気味に答える。
「間違いないよ。あんたが知ってるダーナの二百年後の姿がこれさ」
その言葉に、イングリッドの表情は凍りつく。
あ……、やべ! 言い方が悪かった。
次の瞬間、彼女は勢いよく詰め寄ってくる。
「二百年って……どういうことよ!? あの蛇みたいな男を知ってるの!? ねえ! 教えて! どうして……どうしたら……!」
言葉が途切れ、彼女はそのまま泣き崩れた。混乱している。無理もない。俺だって、目覚めたばかりの
「……あぁ、うん。うちの家系は元貴族なんだって……かぁさんが妄言を言っててね。あんたに何があったのかと、ここに棄てられるのを知っ……てた……?
……そんな感じだ。だから、あんたがここで死にかけてるのも分かった。助けた理由は、かぁさんの遺言だったからさ!」
嘘である。
だが素直に自分は転生者で、前世の記憶が――なんていうよりはマシだろう。それだけで怪しさがストップ高だ。
俺の言い訳を聞いて、警戒心を少し解いた彼女は俺から降りた。
「遺言……怪しいわね? でも、嫌な目はしていない。とりあえず……ところで、あんた名前は?」
「シモン……らしい」
「“らしい”ってなによ、それ? 自分の名前も曖昧なの?――」
呆れたように言って、彼女は胸を張る。
「――私はイングリッド。ダーナ王、赤毛のエイリークの娘よ!」
「ごめん。イングリッド……様? かぁさんが死んだ時に、心中でもしようとしたのか……何か薬を打たれてさ。それから少し記憶がはっきりしないんだ」
これは本当の事だ。
以前から調子は良くなかったと記憶している――しかし、この三か月は更に酷くなった。
イングリッドのタイムリミットもそうだが、シモン、俺自身のタイムリミットも刻一刻と近づいているのを感じていた。
探し人であることを確認して、俺は一歩踏み出す。
「イングリッド……様。俺に力を貸してくれ。あんたの復讐に、力を貸す。その代わり、この星を出るのを手伝ってほしい」
彼女は眉をひそめる。
いきなり現れた浮浪児が力を貸す? 「――お前に何が出来る?」そう言いたげな視線だ。
「様……はいらないわよ? この感じ、二百年で我がダーナ王朝が滅びたのは解る。今更、姫扱いしてくれる民なんていないでしょ? でも……なんで、私が復讐したいなんて解るの? あんたに何が出来るの?」
「そりゃあ……元臣下として……。――目的は同じ筈だ! 俺は確かに力も金もない! だが、あんたを助けた知識がある! だから――!」
少しの沈黙。そして――。
「嘘――。でも分かったわ。ポッドが壊れかけてたのは事実みたいだし。私が生きてるのは、あんたのおかげなのは事実だと……思う。今は、あんたの提案に乗ってあげるわ!」
イングリッドは疑念は残るものの、信用してくれる様だ。まずは一安心。そうして一息ついた頃。
その瞬間。
ぐぅぅぅ――っと、彼女のお腹が鳴る。
「……」
「……」
「とりあえず、飯にしようぜ?」
顔を赤くした彼女は、黙ってこくりと頷いた。
◆
移動前にポッドの中を漁ると、いくつかの金品とマナタイトが見つかった。助かった。流石に無一文の姫様を、俺の稼ぎだけでどうにか出来るわけがない。ひとまず最初からの詰みは回避したようだ。
俺たちは、まずは普段から利用している質屋へ向かった。イングリッドの服装は目立つが仕方ない。まずは先立つ金がなければ、何も始まらないのだ。
汚らしいバラック小屋をくぐり抜け、愛想の悪い店主へ声を掛ける。
「おっちゃん、換金してくれ」
面倒くさそうに店主は出てくるが、
「なんだ、シモン。出物か? ……って、おい! なんだそのお嬢さんは!」
「不時着したらしい。この星の通貨が無いってんでな。連れてきた」
イングリッドの顔を見て、質屋の親父は口角を上げた。鴨を見つけた顔だ。
「へぇ、そうかい、お嬢さん。で、何を持ってる?」
イングリッドは巾着から、飴玉サイズのマナタイトを取り出した。このサイズは相当な上物だ。これ一つで一年は食える。
「マナタイトねぇ……この星じゃ珍しくもない。まぁ、このくらいだな」
そう言って差し出されたのは、相場の半値以下。俺は思わず眉をひそめた。
「ねぇ、おじさま。魔法って使える?」
俺の反応で察したのだろう。イングリッドはマナタイトを拾い上げ、軽く掲げる。周囲の温度が、じわりと上がった。
「使えねぇが……それがどうした」
「じゃあ、教えたげる!」
そう勢い良く叫ぶと、彼女の周囲に炎の珠が複数浮かぶ。高速で回転するそれは、どこかに触れれば、このバラック小屋など一瞬で焼き尽くすだろう。
「ねえ? おじさま? 物の価値、分かっていただけます?」
とびきりの笑顔。
「あっ……は、はいぃぃぃ!」
質屋の親父は即座に降参した。結果、迷惑料込みで三割増し。なかなかに絞れた。美人の笑顔って、怖い。
「で? なんで全部換金しなかったの? あれなら、もっと色つけてくれたのに。船の足しにも――」
イングリッドが、お嬢さまモードを崩して疑問を口にする。巾着の中には、まだマナタイトや宝石が大量に残っていた。
「この星はデフレが酷いんだよ。通貨の価値が暴落してる。逆に宇宙船は輸入品ばっかで、通貨で買おうとするより、物々交換の方がまだ可能性がある」
「あぁ……そういうこと? まぁ、とりあえずお腹すいたわ! ご飯食べましょ?」
実際は、船を買うのは厳しいと踏んでいるが、今は余計な事は言わない。とりあえず俺は、久しぶりのまともな食事をたかることにする。
動き出した物語は、俺に生きる希望を与えてくれている。
口内にじわり、と広がる鉄の味には、気付かぬ振りをした。
◆
第二話。
出会い、そして空腹。
この物語は、ここから動き出します。
次回は抜け出す為の金策編。
選ぶのは、最も単純で確実な方法です。
本日21:30に第三話を投稿します。
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200年後に死ぬはずだった海賊王女は、クソゲー世界で俺と復讐を始める @hashiba56
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