200年後に死ぬはずだった海賊王女は、クソゲー世界で俺と復讐を始める

@hashiba56

プロローグ

その姫は、本来なら誰にも救われずに死ぬはずだった。


俺は知っている。

200年後。ゴミ山に捨てられたスリープポッドの中で、誰にも見つからずに死ぬ。

それは俺がかつて遊んだ、クソゲーMMOの

“未発見クエスト”だからだ。


「……あ」


スラムのゴミ集積所、その壊れかけのポッドを見つけた瞬間背筋が凍った。


金髪碧眼を至上とする帝国の刻印。

その強化ガラス張りのポッドから覗く姿は紅い、深紅の髪。

ありえないことだ。本来なら帝国が許す筈がない。間違いない彼女だ。


海賊王女イングリッド。

帝国に家族も国も奪われ、復讐だけを遺して200年間眠らされるNPC。


――そして、本来ならここで死ぬはずだった姫。


だが。


「やっと見つけた……!」


俺は息を切らせた近づき、震える手でポッドを撫でる。


この世界は、NPCが普通に死ぬ。

クエストは勝手に消える。

救済は存在しない。それでも。

俺は、この未発見クエストを終わらせない。

これは、クソゲー世界で唯一の復讐フラグを拾った少年と、救われなかった姫の物語だ。








――ゴルデナーシー帝国。私達ダーナの星と民と戦争中の巨大宇宙帝国。

私達が和平交渉に訪れたその謁見の間で、唐突にざわめきに包まれた。

今の今まで、どれほどの嘲りにも耐えてきた父王――エイリークが、ついに怒声を発したからだ。


「余の前で剣に手を掛けるとは! 蛮勇も過ぎれば道化の業よ! 良い、良いぞ! 鮮血で玉座の間を彩り、その首を献上することを赦そう!」


玉座の上。

醜悪な老人――皇帝は、枯れ枝のように細い身体を震わせ、砂を噛むようなしわがれ声で笑った。

煽り、嘲り、誹り。

耳障りなその声に、父はついに腰の剣の柄を握る。


――ここで剣を抜いた時点で、もう生きては帰れないだろう。

それでも父は、飛び出す前に一度だけ後ろを振り返った。

連れてきた部下たちは、すでに死兵の覚悟を決めている。

そして私――娘のイングリッドも、同じ覚悟だった。



この底意地の悪い老人に、報いを――後悔を!

皆同じ気持ちであった。元々、交渉の余地などなかったのだ。我が星の未来はこの醜悪な老人に眼を付けられた時点で、



終わっていた。



「なぁに、赤毛のメス犬は飽きたら兵どもの慰みものとして飼ってやろう。

安心するがよい。のう? エイリーク。蛮族の王よ?」


「貴様ぁぁぁ!」




私を無遠慮な目でみて煽る皇帝。

その瞬間だった。

父たちは駆け出した。――私を置いて。


私は動けずにいた。豪奢なドレスが、私の足を縫い止めるのだ。



情けない。

情けない。

情けない。


私は――無力だ。

閃光銃マナフォトンが、父たちを貫くのを後ろから、私は眺める。そして出遅れた私だけが、生き残った。

血塗れで玉座の階段まで辿り着いた父が、血反吐を吐きながら叫ぶ。


「この畜生がぁぁぁ! 恐れぬならばこの場に来い! 我が首を落としてみせろぉ!」


老人は、心底楽しそうに笑った。


「ククク、怖い、怖い。褒美だ。娘もすぐ楽にしてやろう。余は気分がよい。――やれ」


甲冑の近衛兵が父を押さえつけ、

ハルバードが容赦なく振り下ろされる。

ごろり、と。

父の首が、絨毯の上を転がって――私の足元に止まった。


父の首が落ちるその時まで、私は一歩も踏み出せなかった。ドレスのせいだけではない、死を恐怖してしまった。


その口が、微かに動く。


―― ふ く しゅ う を。

そう言っているように、見えた。


私はそこで記憶が途切れ、闇が世界を覆った。


その後、私は見覚えのない白蛇のような紅い目に白い髪の男によって200年の眠りにつかされることとなる。


「200年後、私を祝う赤き葡萄酒となれ。

君が帝国へどう復讐するのか……楽しみにしているよ?」


私が最後に聞いた言葉とあの顔を忘れない。


その笑顔は、あの皇帝と同じ醜悪な物だった。




――そして200年後、ポッドは誰にも拾われず彼女は崩壊した故郷を見ずに死んだ。


だが、転生したただの孤児のシモン。

なんの力もないこの俺が、彼女の運命を変えて見せる。

ここまでが伝説のクソゲー、フルダイブ型MMO

『スペースシンフォニーΩ』 に存在した――


“未発見のまま終了したクエスト”。

【海賊王女イングリッドの復讐旗】


その、プロローグである。

……本来なら、王道の復讐譚だった。

だがこのゲームは、AI自動生成宇宙をフィールドに採用している。

広大すぎるマップと、無慈悲な時間経過。

結果――時限クエストのフラグが人知れず消滅ということがたびたび起こる。

大人数で世界を共有するMMOとは只管ひたすらに相性の悪いゲーム性を発揮したのだった。

一つの固有シナリオは早いもの勝ち、宇宙戦争や広大な宇宙史を紡ぐスペースオペラな世界観で不死属性をNPCに付けないせいで、重要NPCはバタバタと死ぬ。


良くある“リアルさ”を求めて、ユーザービリティが欠如するタイプのクソゲーだ。


その仕様のせいで200年後、マップ精製時にスリープポッドは破損。

イングリッドは、目覚める事もなく死んだという訳だ。本末転倒である。


――だから未発見。

バグでも、調整ミスでもない。

運営がNPCに不死属性を付けなかったその結果。

それだけだ。

無限に広がる大宇宙を駆け巡り、マナタイトという鉱石により獲得した魔法技術や、宇宙工学、未知のエイリアン。

この世界にはなんでもあった。そんなごった煮世界は、引きこもりゲーマーの間では、熱狂的なファンは確かにいた大作だった。しかし――。


「シナリオNPCに不死属性を付けねぇからサ終するんだよヴァァカ!」


唐突なサービス終了告知の時の、数少ない全ユーザーの感想はほぼこれだった。



これが唐突に、前世の思い出した記憶の一部。


スラム街の浮浪児、シモン。12歳。

それが今の俺。どうやら転生したらしい。

最後の記憶なんてあやふやだ。


どうせ引きこもりの、ろくでもない人生だった。


ヤク中の母親にドラッグを打たれ、嘔吐と失禁の中で思い出した記憶は別に感慨深いものでもない。 転生特典なんかはなんもなし。ただただ、虚無な過去を思い出しただけ。


前世を頑張らなかった俺への罰かと、この悲惨な状況にも妙な納得をした。


薬の効果が抜けてきた後なんとか部屋を抜け出して、道端に寝転がり空を仰ぎ見た。


思い出した記憶と今の記憶。

クソとクソだ。あぁ……死のう。

俺は現実を受け入れ、そのまま眼を閉じる。


死ぬまでにゆっくり反芻する様に記憶を整理する。

そして、断片的な記憶を擦り合わせていると奇妙な符号に気付いた。


マナタイト採掘星ダーナ。

そこかしこに占領された証のゴルデナーシー帝国の紋章。

帝国歴21589年。


「あ……! 海賊王女イングリッド!」


俺は思い出した事実に、反射的に起き上がる。

宇宙を駆け、略奪と戦闘を繰り返し、クソゲーに文句を言いながらも愛していた記憶を想起する。


ここは――スペースシンフォニーΩの世界に酷似しているのだ。

星の名はダーナ。帝国のマナタイト採掘星。


そして――今年は、海賊王女イングリッドが捨てられる年。



死ぬのは、絶望の世界に抗って彼女を救ってからでも遅くない。

せめて楽しんだゲームの世界と同じというなら、その世界を謳歌したい。

彼女を救うこと、これが俺の運命だと決めた瞬間だった。


第一話。


救われなかった姫と、

救うことを選んだ少年。

この物語は、すでに動き出しています。


次話からは、スラムでの生存と接触編。

運命は、静かに――しかし確実に変わり始めます。

本日は3話まで投稿18:00頃2話投稿します。

星やフォローで続きを追っていただけると、

今後の更新の励みになります。

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