丑の刻参り・雪密室の謎

暗闇坂九死郎

第1話 問題編

 ――草木も眠る丑三つ時。


 辺り一面真っ白な雪原の中を、白装束姿の若い女が歩いている。白い息を吐きながら、肩まである真っ黒な髪を左右に振り乱して、額には真冬だというのに、玉の汗を浮かべている。

 女が目指す先は、児童公園の中央にある巨大なクヌギの樹。通称・呪いの樹である。


 女は左手に握り締めた藁人形を呪いの樹に押し当てると、右手に持った杭で思い切り突き刺した。それから一度杭を引き抜いてからもう一度突き刺す。引き抜いては刺し、引き抜いては刺す。


 滅多刺しである。


 それから藁人形に杭を刺した状態で、今度は何度も金槌を打ち付けた。


 ――怒り、憎しみ、屈辱。


 女は一撃一撃に負の感情を込めて、金槌を振り下ろす。


 月明かりもない真夜中の児童公園。


 しんしんと雪が降り積もる中、女が金槌を振り下ろすその音だけが遠く響いていた。


 ♢ ♢ ♢


 ――1月7日。AM5時30分。


 早朝のジョギング中、俺は近所の児童公園の椚の樹の下でとんでもないものを見つけてしまう。


 死体である。それもただの死体ではない。若い女の惨殺死体だ。

 女は胸や腹部を鋭い刃物のようなもので滅多刺しにされて殺されていた。その所為で元は真っ白な服だったのが、遠目には赤い服のように見えた。


 俺は急いでジャージのポケットからスマホを取り出すと、震える指で何とか警察と救急車を呼ぶ。


 そこで、俺はあることに気付く。


 当然そこにある筈のものがないのだ。


 ――


 


 ならば、そこに大きな疑問が生じることになる。女を刺し殺した犯人はどうやって椚まで歩き、どうやって立ち去ったのか?


 俺はなるべく現場を荒らさないように、細心の注意を払って死体の周辺を観察する。


 椚の樹に何かがくっ付いている。


 ――


 そうなると、女の真っ白な服の意味も変わってくる。どうやら、殺された女は昨夜ここで丑の刻参りをしていたようである。


 ――呪詛返し。

 俺の脳裏にふとそんな言葉が過った。


 女は恨みのある相手を丑の刻参りの儀式で呪った。ところが、何らかの理由でそれに失敗し、呪いは翻って自分自身に跳ね返ってしまったのだ。


 そこまで考えて、俺は頭を振る。全くもって馬鹿馬鹿しい。呪いが返ってきて死ぬだなんて、そんな非科学的なことがある筈がないではないか。ナンセンス極まりない。


 しかし、何がどうなれば雪の中を足跡を残さずに女を殺して逃げ果せることができるのだ?


 目の前の状況を他に説明しようがないのではないか?


 俺は少し迷ってから妹に電話することにした。俺の妹は高校一年から約二年間家に間引き籠もっている現役のニートだが、天才的な頭脳の持ち主なのだ。


 俺はこれまで、日常の中で謎を見つける度に妹に解かせてきた。妹ならこの不可解な状況を論理的に説明できるかもしれない。


「もしもし兄貴? 何か面白い日常の謎でも見つけた?」


 意外なことに妹はすんなりと電話に出てくれた。おそらくまだ寝る前だったのだろう。


「……いや、もはや日常の謎だなんてレベルの話ではないんだが」


 俺は死体を見つけた経緯を妹に詳しく話した。


「ふーん、なるほどね。でもまァ、人が死んでいるとはいえ日常の中の出来事の中で遭遇した謎なんだし、日常の謎と言えなくもないんじゃない?」


「……いや、論点はそこじゃねェよ。俺が訊きたいのは犯人はどうやって雪原の中に刺殺死体を残しておきながら、足跡一つ残さずに消えたのかってことだ」


「それなら、そんなに難しく考える必用もないと思うけど? 謎を解く為の手掛かりは既に全部出揃っているしね」

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