第4話 駐屯地
ILCの事故から五ヶ月、年が明けてFC2089年、季節はまだ冬。
岩手山中、ILC対策部隊が置かれている自衛隊駐屯地は、分厚い雪に覆われ、厳寒の中にあった。
岩手駐屯地の司令室で、司令官の山本タツオと、隊長の赤城シンヤが、コーヒーを前に議論を交わしていた。
赤城は幾度となく上申した自分の考えを切り出した。
「司令、私はILCコアの物理的な破壊を、再度進言します」
「破壊? 赤城隊長、何度も言われようと答えは同じだ。政府の最高方針は、ダンジョンの有効利用だ」
山本はため息をついた。
「有効利用とは、怪物の被害を看過しろ、と? ダンジョンの拡大は止まっていません。我々の仕事はダンジョンから地域を守ることで、研究所の手先となって、危険を承知で怪物を狩って、石集めをする係ではないはずです」
「怪物の討伐も地域を守ることだろう」
山本の言うこともわかっていたが、赤城の焦りは、この二ヶ月間で刻々と増す怪物の報告と、政府の安全より経済優先といった方針によるものだった。
山本は、窓の外のダンジョンの方を見た。
「それにな、もう変わるのだ。怪物を狩ってダークストーンを集めるのは、近々、民間のダンジョンハンターに委ねられることになった。養成校も設置され、許可制になる。我々自衛隊は、あくまでダンジョン外縁の防衛と、許可がない者が立ち入らないよう封鎖と、ハンターどもが問題を起こさないよう治安維持が主となる」
山本はダンジョンハンター養成校のパンフレット(案)を赤城に投げ渡した。
その表紙には、若い男女が制服姿で武器を構えている姿がデザインされていた。
赤城は、それを受け取り、パラパラと中身を確認しながら問いた。
「今度は警備員と子守りをやれと?」
「それも国民の命を守る仕事だ」
自衛隊は国民の命と財産を守るための組織だ。赤城もそのために自衛隊に入隊している。
「ダンジョンハンター……」
赤城はパンフレットを捲る手を止めずに、吐き捨てるように言った。
「素人集団に、ダークマターの危険性が理解できるわけがない。研究所の報告は信用できますか? 高濃度の場所に行かなければ、すぐには影響は出ない、などと」
赤城は、パンフレットに掲載されている、データと研究所の見解を指さしながら聞いた。
山本はカップを置き、厳しい目をした。
「報告書によれば、動物実験の結果だそうだ。許容範囲内なら即座に害はない、と。だがな、赤城。俺は、奴らにとっては、人間も動物だという感覚がないとは言い切れないと思っている」
「それは、人体実験をしているということですか?!」
「あくまで噂だ」
赤城の脳裏に、自らが保護している少年の顔が浮かんだ。天峰ユウキ。彼は、最も高濃度のダークマターを浴びて生き残った唯一の人間だ。研究所が実験体として狙っている。
「ともかく、方針は変わらない。ハンターにはガイガーカウンターと、最新の防護スーツが支給される。それでダークマターからは身を守れるはずだ」
「ですが怪物はどうやって倒す気なのですか?」
「ダンジョンを中心にその周辺が特区になる。養成校で講習を受けた者には、銃刀法に縛られず、武器の使用が許可される。怪物に特化した武器も開発中ということだ」
「それで、人的被害がでなければいいですが……」
赤城は納得がいかなかったが、この地方の司令官である山本を責めても意味がないことを知っていた。重要事項は防衛省、さらに上の内閣特別調査室の指示だ。赤城は深く頭を下げ、司令室を後にした。
司令室を出た赤城が廊下を歩いていると、部下の白瀬が駆け寄ってきた。
「隊長。司令とは平行線でしたか?」
白瀬は赤城の顔色から推察した自分の考えが、外れることはないと確信していた。
「ああ。政府の経済優先の姿勢は揺るがない」
「そうですか。ところで、例の少年、ユウキ君はどうしています」
赤城は、両親を研究所の事故で亡くした天峰ユウキを引き取り、駐屯地の官舎で一緒に暮らしていた。
「ユウキは、相変わらず周りとは馴染めていないようだが……。でも、この前は官舎の子ども同士の雪合戦に参加していたな」
赤城の言葉に白瀬は微笑んだ。
自衛隊員の子供たちであるためか、その雪合戦は、ルールが厳格に決められ、役割分担や作戦が練られた本格的なものだったという。
「そうですか。それで他の人たちにも、少しでも心を開いてくれればいいですね」
白瀬は、赤城と同じく、ユウキの過去と、これから待ち受ける運命を案じていた。
「そういえば、明日は定期診断の日ですね」
「そうだな。文科省と防衛省の駆け引きで決まったことだが、検診はあの子のためになるだろう」
赤城は少し複雑な表情を白瀬に見せた。
まだ、結婚もしていないのに、まるで、子どもを心配する父親のようだと白瀬は思った。だが、その考えを赤城に知られれば、自分のことは棚の上に上げて、余計なお節介だと叱られたことだろう。
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