第5話 未知の能力

 翌日、仙台にある自衛隊病院。ここでユウキは定期的に検査を受けることになっていた。

 ユウキの身体は高濃度のダークマターの被曝を受けて、変調をきたしていた。

 その影響は、見た目にも出ていた。髪は白く、瞳は赤く、変色していたのだ。

 医師は、色素が抜けてしまったのだろうと診断した。治るかどうかは、経過を見てみないとわからないとのことだった。


 体格も以前より痩せてしまっていた。その原因は食事の量が少ないためであったが、食欲がないのが、ダークマターの影響なのか、精神的なものなのかははっきりしなかった。


 ユウキは身長と体重を測った後、採血検査を受けていた。

 白衣の医師と看護師が、ユウキの華奢な腕に注射針を近づける。


「ユウキ君、ちょっとチクッとするよ。すぐ終わるからね」

 看護師が針を刺そうとした、その瞬間――。

 カチン、という、金属が硬い表面に当たるような小さな音が響いた。


 看護師は驚いて顔を上げた。針は皮膚からわずか数ミリのところで止まっている。まるで、腕の上に透明なガラスの板が置かれているかのようだった。

 医師も眉をひそめ、針の角度を変えてみたが、結果は同じだった。


「な、何だこれは?」

 医師が戸惑う。


「超能力? 魔法? まるでバリアのようですね!」

 看護師の女性は興奮気味だ。即、超能力や魔法といった言葉が出るのは、彼女がファンタジー好きであるからだろう。


 一方、赤城は、傍らでこの異常事態を冷静に見つめていた。

「いつからだ、ユウキ。前回は採血できたはずだ」


 ユウキは少し困ったように赤眼を瞬かせた。

「わからない。でも、たぶん、この前……」


 ユウキは、雪合戦での出来事を話し始めた。

「雪合戦で、石を投げられたとき……痛いのは嫌だ、って強く思ったら、できるようになった」

「石を投げられたのか!」

 赤城は怒りが込み上げ、大声になっていた。その声にユウキが萎縮した。


「あ、すまん。それで怪我はなかったんだな」

 赤城は怒りを抑え込み、ユウキの怪我を心配した。


「うん、バリア? のおかげで、当たらなかったから」

「そうか、それはよかったが……、石を投げるなんて、このままにはできないな」

 赤城はモンスターペアレントよろしく、官舎の連中に怒鳴り込む気満々だ。


「ううん。悪いのは僕だから……」

「ユウキが何かしたのか?」

「僕は研究員の子どもだから……」


 子供達の中には、親が危険な任務にあたっているのは、研究員のせいだと思っている者もいた。ユウキに辛く当たるのも、良いことではないが、理解できる。

 赤城自身も研究員を恨んではいなかったが、信じていなかった。嫌悪感を持っているといってもいいだろう。


「ユウキ、それは、石を投げていい理由にならないぞ」

「そうなの?」

「ユウキは何も悪くないからな」

 赤城はユウキをきつく抱きしめた。そばにいた看護師はハンカチで目頭を押さえていた。

 怒鳴り込むのは止しにしても、話し合いは必要だろうと、赤城は穏便にことが済むように、官舎に戻ってからの行動予定を軌道修正した。


 ユウキは赤城の腕の中で寝てしまった。

 赤城はユウキを抱いたまま立ち上がり、静かに医師と看護師に告げた。

「本日の検査は終了とします。この件は最高機密です。外部への漏洩は決して許しません」



 仙台からの帰りの車中、赤城は目覚めたユウキに真剣な声で語りかけた。

「ユウキ、いいか。その力は、誰にも見られてはいけない。その力は、自分たちの興味本位な研究所に知られれば、間違いなく厄介なことになる。お前はただの少年だ。実験動物ではない。それに、狙ってくるのは研究所だけではないだろう」


 赤城はハンドルを強く握りしめた。そして、自分の考えを確認するように言った。

「『国益を優先する』内閣特別調査室もダメだ」


「勝手に出ちゃうけど、どうすればいいの?」

 バリアを、自分の意思でコントロールできないユウキが不安そうに問う。


「自分で制御できるように、訓練が必要だ。誰にも気づかれずに、この力を自分のものにするんだ」


 赤城の頭の中には、いくつもの可能性が渦巻いていた。


 この能力が、ユウキが元から持っていた唯一無二の能力だとすれば、彼は極めて貴重な存在だ。ダークマターから生き残れたのも、この能力を持っていたからかもしれない。

 一方、もし、高濃度ダークマターの影響で新たに獲得した能力だとすれば、今後、能力を持つ者が増え、世界はさらなる混乱に陥るだろう。


 どちらにしろ、研究所や政府特別調査室がこの力を黙って見過ごすはずがない。


 赤城は知らなかった。ユウキが使った「バリア」は、ダークマターが引き起こす現象の一つに過ぎないことを。そして、研究所にはユウキに代わる『実験体』が既に用意されていることに。



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