第3話 アマヒの地

「アズサ、あんまり元気なさそうだけど本当に大丈夫?」

「大丈夫です。私も早く終わらせたいので」


 アズサは小さくため息をついて空を見た。木々の太陽光の奪い合いの結果なのだろう、葉っぱの間からかろうじて空が見える。落ちてきた葉が彼女の鼻の上に落ちた。シンがそれを拾い上げると、彼は目を細めて微笑んだ。


「旅行みたいなものだし、楽しんでいこうよ」

「あなたを殺しにいくような仕事ですよ?楽しめるはずないじゃないですか」

「うーん。そういう見方もあるね。でも大樹までの道のりはまだまだあるし、楽しんだほうが得じゃない?」


 アズサはもう一度、シンに聞かせるかのように大きくため息をついた。


「質問いいかい?」

「どうぞ」

「実は嫌だった?」

「仕方ないじゃないですか、一応親族が放り投げた仕事ですし」

「それでも役割から逃げないということは貴重な才能だよ」

「私は父と違って逃げたりしないですから」


 シンが足を止めてアズサの方を見る。顔は笑ってはいたが、その目はしっかりとアズサを見据えていた。どうしても身長差の関係で見下ろされる形になって、優しい顔だけど威圧感がある。


「父親にそんなこと言ってはいけないよ」

「人を殺してお金を稼ぐようなやつなんですよ!?」

「その父親に君は育てられたんだ。それに君の様子を限り、少なくとも正しい方向に育ったはずだ」

「でも、人殺しで稼いだ金なんかで育てられたくなかった!」

「確かに子は親を選べないね。ただ、導き手の仕事は人殺しじゃないよ」

「人を死地に送るこの仕事のどこが人殺しじゃないんですか!?」


 シンは立ち止まり、アズサの方を見て膝をつく。


「アズサ、ヒラナの戸は魂の灯が尽きる直前の人たちにしか現れないんだ。君の気持ちは尊重するけど、いずれにせよ僕は近いうちに死ぬ。そしてそれは君が殺すという事でもない」

「でもこんなの理不尽じゃないですか!」

「うん。理不尽だね」

「私はどうすれば良かったんですか……」


 シンが一度小さく咳ばらいをすると、俯くアズサの頬に手を当てた。アズサはガサガサとした指の感触に思わず一度身を引いてしまったが、彼に敵意や悪意がないことに気づき彼と目を合わせることにした。


 ゆっくりとした時間が流れた。そよ風が二人のあいだを音もなく通り過ぎて、その風を彼の手が阻んだ。彼女もその手を握り返し、握力を込める。彼女の息遣いが落ち着くと、頭を撫でながら彼は口を開いた。


「理不尽との付き合い方も色々あるさ。怒ったり諦めることは解決にはつながらない」

「でも、私はこんなわけのわからない仕事じゃなくて、安定してた、敷かれたレールの上を走りたかったの」

「その気持ちもわかる。けど僕は魔女の呪いで死ぬことを強いられたし、アズサも導き手を強いられてここにいる。まずはその状況を受け入れるのはどうかな」

「……けど、諦めるか怒る意外にどうすればいいんですか」

「理不尽の多くは無知から始まる。だからどうしてアズサがこの仕事について知っていけば、きっと別の感情を持てるようになるはずだだよ」

「もし持てなかったら?」

「そこはひとまず僕を信じたまえ。泣く子も笑う朝露の賢者だぞ、きっと解決してみせるよ」


 シンが立ち上がり手を差し伸べる。アズサはこの時ですら自分の心臓が反応してしまうのが少し悔しかった。


 手を引かれて道を進む。人はいないのに地面は踏み固められていて浮遊感が消えない。じゃりじゃりと砂を踏みしめて進む二人の足音だけが耳に入る。


 シンの方はまるでその沈黙を楽しんでいるかのように軽い足取りで進んでいる。


 アズサも沈黙は嫌いではなかった。しかし2人しかいないのに喋らないというのも居心地が悪い。仕方なくアズサのほうから話題を振ることにした。


「それで、呪いで死ぬのになんで徒になったんですか」

「おっと、早速その話だね」

「ダメですか?」

「ダメじゃないとも。質問で返すようで悪いんだけど、アズサはどうしてだと思う?」

「魔女の呪いが苦しいから、とか?」

「ふむふむ。半分正解、半分不正解といったところかな」

「なにそれ」

「説明するにはちょっと前提事項が多いからね。踏み込んだ話は夜にでもしようか」


 鳥のさえずりが周囲に響いた。ヒュー、ヒュー、という音が頭上から鳴り、それを聞いたシンは微笑む。対象的にアズサは動物がいることに対して不安を覚えた。


 考えてみればここは山だ。植物も生えていれば当然動物もいておかしくない。熊が出たらどうしよう。蚊やヒルだって怖い。学生服で山登りなんて聞いたことないし、自分はもしかしてかなり危ない状況にいるんじゃないか。


 そんなアズサの不安などいざ知らず、シンはそそくさと速足で歩きだした。道沿いに生える樹木に興味が引かれたらしい。アズサを引く手が離れ、その手は空をつかんだ。


「アズサ、この実は食べられるよ!」


 シンが大きな声を上げた。アズサはため息をついて近づく。シンはその高い身長で木の実を取って、口に含んでは頷く。


「木の実って見分けづらいから知っているのがあると嬉しいよね」

「は、はぁ……?」

「あれ、アズサはあんまり木の実は食べないのかい?」

「野生のは……いや、野生じゃなくても普通に食べたことないです」

「あらそう。でも道のりは長いかもしれないし、一応採っておくよ」

「ええ、どうも」


 貰った木の実を見つめ、アズサは気づいた。――そうだ、私は道がどこまで続いているのかすら知らなかいんだ。そもそも私はどこに彼を導くんだ?導いた後は? 一人でこの道を帰るの?


 彼女の胃の奥底で不安が渦を巻く。


 不安に駆られるアズサの左、木々の奥に一人の人影が見えた。思わず顔を向ける。もしかしたらアマヒの地についても知っているかもしれない。


 しかし草むらの中に入ろうとしたアズサの肩にシンが手を置きそのまま身を引き寄せた。


「近づいてはいけない」

「でも、父さんかも」

「違う。それに君のお父さんだとしてもダメだ」

「え?」

「目を合わせないように、視界の端で見て」


 言われるがまま息を殺し、彼女は左目の端でそれを捉えた。


 確かに人の形をしている。しかし頭の正面、本来なら顔があるところにはぽっかりと穴が開いていた。人間の顔にあたる部分は完全に削れていて、その穴の奥は底なし沼のように暗い。


 シンの袖を引っ張り縋る。アズサはひそひそ声で彼に話した。


「あれ、何なんですか……?」

「黄昏人……といっても、亡者やゾンビと言った方がアズサにはわかりやすいかな」

「生きてるの?」

「肉体は生きていているけど魂はすでに枯れ落ちている。アマヒの地に1人で入った人間の成れの果てだ」


 黄昏人はよたよたと歩いては、ぐるうりと周りまた同じ道を往復する。まるでそれが自分の残された役割かであるように、ひたすらに。


「気づかれないように距離を取るよ」

「あの人は助けられないの?」

「助けるという言葉の定義によるけど、蝉の抜け殻を見てその蝉を助けたいって言うようなものだ。諦めたほうがいい」

「でも、動いてるのに……」

「動いてるから殊更に厄介なのさ。黄昏人は感情や意識がないはずなのに導き手を追い求める。もしそうなったら、アズサを人殺しにしなきゃいけなくなる」

「……わかった」


 刺激しないよう、音を消してゆっくりと2人は歩き出す。息を殺して距離を取る。


 黄昏人は2人に気付いていないようで、変わらず同じところを往復していた。一体どれだけの間、あの人はあそこに居たのだろう――しかしアズサはそれ以上は考えないことにした。理解してしまったら彼と同じようになってしまうと思ったからだ


 往復していた箇所から数十メートルは離れただろうか。周囲に他の黄昏人や動物の気配がないことを確認すると、2人は崩れるように地べたに座り込んだ。

 

「いやー久しぶりに緊張したね」

「アマヒの地って一体なんなんですか……」

「お父さんからは聞いてなかったの?」

「……碌に。そもそも、父とはそんなに話してこなかったので」

「そっか。ならこの旅で学んでいこうか」


 シンが立ち上がり、砂をパタパタと払う。太陽は木の影に隠れ、空はその明るさを失いつつあった。アズサもこれに続こうとしたが、その足が再び止まる。


 分かれ道だ。

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2026年1月7日 00:00
2026年1月14日 00:00

去り行く徒に導きのララバイを あらひねこ @VelbetCat

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