第2話 シンとアズサ

 アズサは思わず席を立ったが、反射的に後ずさった。


 目線の高さが想像していたより近い。身長は2m弱だろうか。フードの隙間から覗かせる彼の容貌は、アズサの知るどの人類よりも美しかった。それは美しさの極致というよりも、不完全さを許さないような恐ろしさを秘めていた。


 白銀の髪の毛を揺らし、男が話す。


「どうも僕の名前はシン。元・神罰の代行者にして朝露の賢者、魔女殺しとも呼ばれることもあるね。どうぞよろしく」

「どうも、アズサです……。じゃなくて!」


 すがるようにバロンの方を見るが、彼は肩をすくめる。アズサにもその意図が容易に伝わる。


「あー……このシンって方がな、導き手を求めてるらしい」

「でも肝心の導き手は前回の導きから帰ってきていないらしいじゃないか」

「つまり私が導き手をやれってこと?」


 バロンが諦めたように頷く。導き手、それは父の仕事だ。徒と呼ばれる人たちをこの酒場から大樹へと誘い、彼らを送り届ける導き手となること。


「じゃあ、ヒラナの戸が私の前に出て来たのって……」

「前任者が帰ってこないし、代わりのやつが必要になった、ってわけだな」

「職業選択の自由は……?」

「それがあったら今ごろ俺は保育園でピアノを弾いてるだろうさ」

「はぁーーーー」


 アズサはカウンターに突っ伏した。


 導き手の娘だからというだけでヒラナの戸は後継者を私に選んだというわけだ。状況は分かったけど、あまりに一方的すぎる。それに単に娘だからって理由はあまりに雑じゃないか?


「まぁ、あれだ。諦めるってのも大人になる第一歩だぜ」

「理不尽だぁー」

「大人の階段の一段目は、大抵理不尽なぐらい高いものさ」

「あんたのせいでしょ!」


 アズサと男の目が合う。フードの奥、前髪の隙間からのぞく翡翠の視線に、アズサの心拍数が上がる。そんな体の反応に抗うかのように、アズサはシンを見返した。


「うん。やはり君しかいない」

「え…?」


 アズサはその意図が分からず身構えた。シンはお構いなしに距離を詰めて握手を求める。流される形でアズサもそれに応えた。


 しかし肌が触れ合った直後、アズサはすぐに手を引いた。柔らかい容貌とは異なる、彼のゴワゴワした手のひらの感触に驚いたというのもある。しかしそれ以上に、彼の歩んできた人生の重みを図らずも理解してしまったのだ。


 シンはその動作など全く気にしない様子でニコニコ笑いながらアズサを見る。


「うん、やはり君がいい。どうやら今際の時でさえ僕は恵まれているようだ」

「そんなことないです。未経験なんですから一番のはずれです」

「熟練の職人にだって初めての仕事はあるものさ。それに名匠の初めての仕事にかかわれるというのは光栄なことなんだよ」

「……からかわれるのは好きじゃないです」


 シンは少し考えてから口を開く。


「からかってなどないさ。君はいい導き手になる」

「何の根拠があってそんなこと言えるんですか」


 葡萄酒を飲み干して、シンはグラスの壁に残った数滴を愛おしそうに眺めた。


「直感さ」

「それって、何も考えてないのと同じじゃん」

「直感とはこれまでの知識と経験に基づく即時判断の事だよ。だから僕の直感の妥当性は高いと言える」

「私の直感が信じられないって言ってます」

「うん。信じられないのも妥当な結論だね。ならば道中で結論を出すとしようか」


 だめだ、取り付く島もない。すがるようにバロンを探す。彼は他のテーブル客の対応をしている。アズサに気づくと笑顔でその太い右腕を見せつけてきた。それは「頑張れよ」のサインであった。


 あえて大きなため息をつくと、アズサはシンの方に視線を戻す。どこも悪い所は無さそうで、老いた様子もない。病気にかかっているのか?とも疑ったがそういった仕草もない。自殺という可能性も考えたけど、性格的にそれもなさそうだった。


「アマヒの儀のやり方はわかるかい?」

「一応、父から聞いてはいます」

「いいね!時は金なりだ、手早く済ませようか」


 いつのまにか戻っていたバロンが、古びた鞄をカウンターから取り出してアズサに渡した。アズサにとって初めて見る鞄ではあったが、すぐに父が使っていたものだと理解した。


 鞄を開けると、中には枯れたイトスギの枯れ枝が入っている。契約に使うためのものだ。アズサは震える手で鞄から枝を取り出す。もう今にも崩れそうな見た目なのに、不思議とその触感はみずみずしく生命の鼓動が伝わってくる。


 アズサはその枝をシンの方に向けた。


「我は……アズサ・ミチカゲ。汝の導き手として最期の時を共に過ごそう」


 シンが枝のもう一端を持つ。


「我はシン、元・神罰の代行者にして朝露の賢者なり。汝の徒として最期の時を共に過ごそう」

「「ここに契約は果たせり」」


シンは振り返りアズサに手を差し出す。


「さぁ行こう、アズサ」

「え、もう出るんですか」

「もちろんアズサの都合がつかないなら構わないけど、出来れば早く出発したいんだよね」

「えと、理由を聞いても?」

「うむ。なんと僕、魔女の呪いのせいで3日後に死んじゃうんだよね」

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