銀髪の宇宙人転校生が、隣の席で懐いている
すりたち
第1話 夜のコンビニと知らない距離
夜のコンビニは、昼よりも音が少ない。
自動ドアの電子音と、冷蔵ケースの低い唸り。それから、足元に伝わる床の冷たさ。
朝倉はアイスケースの前で立ち止まり、ガラス越しに並んだ箱を眺めていた。
特別に腹が減っているわけじゃない。
ただ、家に帰る前に何か買う癖がついているだけだ。
ケースを開けたとき、ガラスに人影が映った。
反射したのは、低い位置の影。
――子ども?
振り返って、すぐに違うと分かった。
レジの横に、一人の女の子が立っていた。
制服ではない。
薄い色のワンピースに、少し大きめのパーカー。袖が手の甲まで隠れていて、季節感がどこかずれている。
まず目に入ったのは、髪だった。
肩にかからない長さのボブ。
照明の下で、はっきりと銀色をしている。白に近いのに冷たすぎない色で、染めたような不自然さがない。
一瞬、目を疑った。
次に、顔。
整っている。
派手ではないのに、輪郭が曖昧じゃない。
そして――目。
色が薄い。
焦点が合うまで、ほんの少し時間がかかる。
少女は、何も買わずに立っていた。
棚を見て、床を見て、天井を見て。
視線は動くのに、足の位置が変わらない。
それが、朝倉には引っかかった。
困っているというより、
どこに立てばいいか分からない、という感じ。
朝倉がアイスを取って振り向いた瞬間、視線が合った。
少女の肩が、わずかに揺れる。
逃げない。
近づかない。
ただ、見ている。
その目が、問いかけみたいに見えた。
――声、かけないとダメなやつだ。
理由は説明できない。
でも、そう思わせる間があった。
「……あの」
朝倉が声を出すと、少女は一拍遅れて反応した。
視線が、朝倉の口元に落ちる。
言葉を聞くというより、形として拾おうとしているみたいだった。
「大丈夫?」
問いかけに、少女はすぐには答えない。
少し考えてから、首を横に振った。
「……わからない」
迷いのない言い方だった。
「えっと……何が?」
少女は、店内をゆっくり見回す。
レジ。
冷蔵ケース。
雑誌棚。
どれも、初めて見るものみたいな目。
「……ここ」
「ここ?」
「……ここが、どこか」
一瞬、冗談かと思った。
でも、その顔には冗談の色がない。
不安でも、混乱でもない。
ただ、判断基準がないだけの表情。
「コンビニだけど……」
朝倉が言うと、少女は小さく頷いた。
「……コンビニ」
覚えるみたいに、ゆっくり。
朝倉はアイスケースを指さす。
「とりあえず、何か食べる?」
少女はケースを覗き込み、色とりどりの箱を見て、少しだけ目を細めた。
「……冷たい」
「アイスだからな」
「……甘い?」
「だいたい甘い」
一拍。
「……それがいい」
指差したのは、無難なバニラ味だった。
朝倉はそれを取り、会計を済ませる。
アイスを差し出すと、少女は両手で受け取った。
力の入れ具合が分からないみたいに、少しぎこちない。
店の外に出る。
夜風に当たって、少女は一瞬だけ肩をすくめた。
包装を開け、一口。
街灯の光を受けて、銀色のボブが静かに反射する。
「……甘い」
確かめるように、そう言った。
「よかったな」
朝倉が言うと、少女はアイスを見つめてから、顔を上げる。
「……ありがとう」
短い言葉。
でも、目はまっすぐだった。
「どういたしまして」
それだけのやり取りなのに、距離が縮んだ気がした。
しばらく、無言でアイスを食べる。
少女は溶ける速さを気にしながら、少しずつ口に運んでいる。
「……あなた」
「ん?」
「……名前」
「ああ。朝倉」
少女は一度、口の中で転がすように繰り返した。
「……朝倉」
それから、自分を指す。
「……星宮しずく」
朝倉は、そこで初めて名字に気づいた。
「星宮、か」
しずくは小さく頷く。
夜のコンビニの明かりが、二人の影を地面に落とす。
その影が、少しだけ近い。
この時の朝倉は、まだ知らなかった。
数日後、
この銀色のボブが、自分の隣の席にある光景を見ることになるなんて。
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