episode.02 Broken Promise〜守れなかった約束〜

 放課後。教室にて。


 キンコンカーンコーン。


 教室中に軽快なリズムが響き渡る。


「……行くか」


 まぁ、今日はバイトもないから気楽といえば気楽なのだが……俺は二人の顔を頭に浮かべては、念の為、行かなかった場合のシミュレーションを軽くやってみることにした。


 高橋は強面なうえに、言葉遣いや態度も悪いから学校では良く勘違いを受けているが、実際、過去に何回か俺がブッチした時も、一度もキレたことはない。


 問題は佐伯だが……。


 だめだ。どうやっても、熱の入った佐伯からは逃れそうにもない。やっぱり、大人しく行くしかないか。


 俺はぽりぽりと頭を掻きながら、溜め息混じりに教室を後にした。


 ♢


 駐輪場にて。


 俺が自転車にまたがろうとした、その時だった。


「……おいおい、嘘だろっ!?」


 俺は驚愕とも、悲鳴とも言えるような、情けない言葉を誰もいない駐輪場で一人叫んでしまった。


 自転車の前後輪が同時にパンクしていたのだ。十年乗ってきて、こんなのは今日が初めてだ。


 道には釘もガラスも見当たらない。ただ、なぜか“今日は真っ直ぐ家に帰れ”と誰かに肩を掴まれたような気がして、俺は思わず首を振った。


「はぁ〜。マジ凹むわ」


 結局その感覚を、疲れのせいだと決めつけて。


 俺は、言い訳を探すみたいに妹のスマホに連絡を入れることにした。


 ♦︎


「もしもーし、どったの兄貴〜? まだ迎えの時間まで結構あるけど?」


「いいか、咲? 落ち着いて聞けよ?」


「えっ?……う、うん」


 妹は電話口の向こうで少し戸惑っている様子だった。


 俺が事細かにパンクの件を伝えると、妹の反応は少し意外なものだった。


「……そうなんだ、それは災難だったね。私のことは気にしなくても大丈夫だよ。今日は友達と一緒に近くまで帰るようにするからさ」


「お、おう」


 妹の大人びた対応に、俺は一瞬動揺してしまい、言葉に詰まる。


 普通こういう時は、「えーっ!?」とか、「どうにかしてよぉ〜!」とか、泣きついて来ると思っていたんだが、内面も少しずつ大人になっているんだなと思うと、兄貴として少しうるっと来てしまう。


「兄貴? どした?」


「いやなんでもない、大丈夫だ。そうしてもらうと俺も凄く助かるよ。ありがとう。俺も修理してから帰る――」


 と、そこまで言いかけた俺は、ゲームの件を思い出し、そのまま妹に伝えることにした。


 すると。


「……ふーん。兄貴、がらんとした家に可愛い妹を一人放置して、また悪い友達とゲームして来るんですかぁ〜? はぁ〜そうですかぁ〜。いいんですかぁ〜? 咲、男の子の家に遊びに行きますよぉ〜?」


 これもまた、少し。いや、かなり意外な反応だった。


「ご、ごめんなさいっ! それだけはやめてっ!」


 俺は気が付けば、全力の謝罪をしていた。周囲にはいつのまにか、自転車を取りに来た生徒達がこちらをチラチラと見てはクスクス笑っていたが、不測の事態なのだ。周囲など一々気にしてられるかってんだ。


 にしても、妹の反応は若干ホラー掛かっていて正直少しチビりそうだった。


 その数秒後。


「あのさ……」


 今度は先程とは違う声色で、妹が優しく言葉を続けた。


「兄貴、あんまり今日は遅くならないようにね。咲、ずっと待ってるから。ちゃんと門限までには帰ってきてよ? 約束だかんね!」


「お、おう。分かってるって。あんがとな、咲」


 ——そう言って、俺が電話を切ろうとした時、妹が思い出したように言葉を続ける。


「……あ、兄貴っ!」


「ん?」


「さっきのゲームって、なんて名前?」


「ああ。たしか、《Gods Hunt Online》ってやつだったかな。世界最大級のVRMMOで、“人類史上最高の遊戯”だとかなんとか、ニュースで騒がれてるやつ」


「……兄貴、そういうの、あんまりやらないタイプだと思ってたけど」


「俺だって、たまには息抜きくらいはするさ……。まあ、ちょっと触って、つまんなきゃすぐやめて帰るよ」


 俺の言葉に、妹は電話口で無邪気に笑いながら口を開いた。


「そっか。じゃあ、帰ってきたら教えてよ。どんなゲームだったか。——咲、そういうの聞くの、意外と好きなんだよ?」


「おう。……帰ったらな」


 そう言いながら、胸のどこかで小さくチクリと痛んだ感覚に、俺は気付かなかったことにした。


 ♦︎


 その後、俺は近くの自転車屋さんに電話し、出張もやっているそうだったので、そのままお願いすることにした。


 それから、自転車屋さんがやって来て10分しないくらいに自転車の修理が終わった。


 その後直ぐに、俺は高橋の家に自転車を飛ばした。


 ♢


 高橋邸にて。


「悪い、二人とも。ちょっとトラブって遅くなった……」


 俺がそう言いながら部屋に入ると、二人は今まさにVR体験真っ最中だった。


 仕方がないので、俺はベッドと床に横たわる二人を眺めては近くの椅子に腰掛け、開いていたスナック菓子に手をやった。


 すると、俺のスマホが振動した。


 メッセージは佐伯……? からだった。


 以前、佐伯が今のVRモノはリアルタイムで連絡やメールを送り合うことが出来るとは言っていたが、こういう意味だったのか。


 ーーーーー


 さすらいの眼鏡:おっす、和彦。あんまり遅いもんだから先に高橋とログインして集合広場で待ってるぞ〜。部屋入って左側に和彦用のVRヘッドギアとセットと説明書を一式用意してるから、それ使って入ってこいよ〜? グラフィックマジですごいから!


 ーーーーー


 佐伯の奴、簡単に言うけどよ、俺VRものは初めてだから緊張するし、第一、何よりこのヘッドギアとかめちゃくちゃ高そうな匂いがして触るのすら怖い。


 まぁ、やらないと何も始まらないので、俺は佐伯が言っていたであろうヘッドギアを壊さないように慎重に手に取り、割れ物を扱うように被った。


 置いてあった説明書通りにストラップとダイヤルを調整していくと、視界が徐々に暗くなっていく。


 すると。次第に耳元で機械的な女性の声が響いてきた。


 ーーーーーーー


 ようこそ、《Gods Hunt Online》へ。これよりログインを開始致します。


 ーーーーーーー


「っ……!?」


 次の瞬間、足元の感覚がふっと無くなった。それはもはや落ちているのか、浮かんでいるのかすら分からない不思議な無重力感だった。


 さらに、ハイスペック機材特有の静かな駆動音が耳の奥まで入ってきてとても心地良い。


 それでいて、今視界は真っ暗なはずなのに、目の奥には白光がじわじわと広がっていくようなそんな錯覚も起きた。


(……これが、フルダイブ?)


 瞼を閉じても開いても何も変わらない。その代わりに、どこからともなく文字列がゆっくりとやって来ては俺の視界に浮かび上がった。


 ※※※


【プレイヤーネーム:KAZUHIKO】


【初期アバター:現実の容姿をベースに作成します】


【続いて何も問題がなければ“はい”を選択してください】


 ※※※


「……え?」


 選択とは言ったものの、目の前にそれらしきボタンやカーソルは見当たらない。なので、俺は「はい」と呟くことにした。


 すると——その直後。目の前に見たこともないような仮想世界の情景が壮大なOPと共に姿を現した。


 ざわざわとしたプレイヤーやNPC達の喧騒、他の動物達の鳴き声、風や水の流れる音。鍛冶場で聞こえる金属音。鼻孔をくすぐる、わずかな土と石の匂い。それら全てが完璧に再現されている。


「……す、凄い!」


 俺の目の前に広がっていたのは、巨大な円形の広場だった。


 石畳の床の中央には、天井知らずの高さまで伸びる巨大な白い塔があり、その周囲を剣や鎧を身につけたプレイヤーたちが思い思いに行き交っている。


 色鮮やかな、いかにもなローブに身を包んだ魔法使い、獣耳や尻尾を生やした獣人やエルフ、鈍色に光る大剣や片手剣を背の鞘に納めている剣士等、その他にも現実では絶対にあり得ない姿が、当たり前のようにそこかしこを歩いていた。


「……」


 ふと頭上を見上げる。そこには、雲ひとつない青空がどこまでも隅々と広がっていた。首筋を撫でる風の感触や頬に当たる温度さえもがリアルだ。


 これが、仮想世界————その時だった。


「お〜いっ! かずや〜ん!」


 背後から聞き慣れた声が聞こえて来た。振り返ると、広場の端で大きく手を振っている見慣れた二人組がいた。


 一人は銀髪の長身剣士。そして、もう一人はローブ姿の痩せた魔術師——だが、顔だけは見慣れた高橋と佐伯のままだ。


「高橋、なのか?」


「おうよ!」


 彼はニッと笑って、自分の胸当てを軽く叩いた。


「それよりどうや、俺のアバター。イケメン度三割増しやろ?」


「いや、自分で言うなよ……」


 思わず俺がツッコむと、隣のローブ男——佐伯が前に出てきた。


「どう? すごいでしょ、このリアルな再現度。視覚・聴覚・触覚の三つを限界まで同期させてるらしいよ。それに聞いた話によれば——」


「ほら始まったよ、佐伯のオタトークが。まあ、折角やから? まずは先に案内してやろうや!」


「おいおい、まだ説明が……っ!」


「それはまた今度頼むわ!」


 そう言って、高橋は笑いながら佐伯の首を腕でロックすると同時に、俺の肩を軽くパンパンと叩いた。


 叩かれた箇所には、しっかりと“手で触られた感触”が残っている。


(……現実の世界みたいだ)


 頭では分かってはいても、体感するとやっぱり違う。俺は思わず自分の手のひらを見下ろした。


 指を握ったり開いたりするたびに関節の動きがリアルに反映される。


「……」


 上を見上げると、その頭上には仮想世界においての太陽が煌々と光を照らしている。


 その光が俺の掌を照らす——俺の体内を流れる赤い血潮が、うっすらと透けて見えていた。


 その様子を見ていた佐伯が得意げに口元を緩ませる。


「な? 言ったろ、グラフィックヤバいって」


「あぁ。確かにやばいな」


 俺が周囲を見渡していると、高橋が声を張り上げた。


「まぁ、なんにせよ、こんな安っぽい装備じゃあ俺達モンスターの格好の的だよな! というわけで、まずは装備でも早速調達しに行きましょか!」


 高橋がそう言って先頭を歩き出す。俺と佐伯はそれに続くように広場の外周へと向かう。


 その道中だった——


「……ん?」


「どうかしたん、かずやん?」


「いや、今……いや。何にもない。ごめん、多分気のせいだ」


「……変な和彦〜」


 俺の見間違えかもしれないが、この時俺には頭上の太陽が、ほんの一瞬だけ“黒く点滅”したように感じた。


 しかし。高橋や佐伯、周囲のプレイヤーたちは誰も気づいた様子はない。


(……本当に、気のせいだよな)


 俺は自分に無理やりそう言い聞かせた。


 朝に見た“神狩り特殊訓練”のウィンドウや、“人類をひとつの世界で裁く”なんて記事の一文が、なぜか頭の隅から離れなかったからだ。


 ♢


 それからプレイすること、小一時間。


 俺たち三人は、頃合いを見てログアウトすることにした。


 すると、佐伯がニカッと笑いながら俺に言う。


「どうだい和彦、面白かっただろ? もし、気に入ってくれたなら、そのヘッドギア一式、良かったらお前にやるよ」


「え、いいのかよ。こんなに高そうなのに」


「——いいんだよ。ほら、誕生日プレゼント代わりだと思って、な?」


「……マジか、助かるわ。ありがとな。二人とも!」


(……妹からのリストバンドといい、こいつらからのヘッドギア。今日の俺、やっぱりついてるわ)


 ——このときの俺は、本気でそう思っていた。


 俺は佐伯から機材を拝借し、高橋邸をあとにした。


 一日くらい約束を破っても平気だと、どこかで本気でそう思っていた。


 プレイ中にそろそろ帰らないと、咲にまた怒られるな。そう思った瞬間も確かにあった。


 それでも、“あと一戦だけ”“あと一クエストだけ”と、自分に言い訳し続けて。


 気づけば、門限から小一時間が過ぎていた。


 to be continued……。

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