Gods Hunt Online〜俺は唯一の家族を救うために、今日も“神を狩る”〜

NEET駅前

episode.01 Last Everyday Life〜最後の日常〜

 ——三年前。六月下旬。早朝。

 

 もう、朝か……。


 俺の名前は倉田和彦くらたかずひこ——その日まで、俺はただの高校二年生のつもりだった。


 両親は、俺が物心つく前に交通事故で既に他界している。


 それからずっと、四つ下の妹と、町でちょっと名の知れた鍼灸師のじいちゃんの三人で暮らしてきた。


 ガキの頃から「ここが肩こりのツボだ」とか言われながら手を掴まれ、百会だの風池だのを押させられてきたせいで、経絡とか気とかの単語だけはやたら頭に残っている。


 ——そのじいちゃんも、最近認知症を発症して、ふらっと家を出たきり戻ってこない。


 探しても見つからないまま、気付けばこの家は、俺と咲の二人だけになっていた。


「兄貴〜、寝てるの〜っ!?」


 そう言って、妹の咲が俺の部屋のドアをドンドンと叩いてくる。


 ドアの向こうにいるのは、肩まで伸びた栗色の髪と大きな瞳が特徴の中学二年生、妹の咲。


「兄貴〜! 早く起きないと遅刻しちゃうってば〜!」


 ……普通、そこそこ可愛い思春期の妹が、兄の内申点なんて気にかけるはずがない。


「もぅ、兄貴ってばっ!」


 それでも、こうやって気にかけて来るということは、もしかして俺のことが好きなのか? なんてな。


 俺はベッドから起き上がり、眠たい目を擦りながら惰性で部屋を出ようとした。


 すると——


「……なんだこれ?」


 俺の視界に、何かゲームのシステムウィンドウの様なものが映り込んでいた。


 ※※※


【神狩り特殊訓練:瞑想三十分】


 ※未達の場合、ペナルティ訓練が追加されます。

 ※このメッセージは、数分後に自動消去されます。


 ※※※


「瞑想……三十分っ!?」


 日々のバイト三昧による疲れからか、俺は何度も目を擦ったり瞬きをしたが、それは消えなかった。


 ……アホらし。今さら瞑想三十分とか、どこの自己啓発セミナーだっつうの。神狩り? タイトルからして中二病全開かよ。


 俺は少し苛立ちながら部屋のドアを開ける——すると、ちょうど妹が仁王立ちして待っていたので、俺はその流れで思わず訊いてみることにした。


「なぁ、咲? 俺のこれ見える?」


 俺は視界に映っているウィンドウ画面を指差す——すると妹は、ムッとした顔を俺に近づけて来ると——


「そ・ん・な・ことよりっ! 早くしないと、私、学校遅刻するんですけどぉ!」


「あ、あぁ。ごめんな、直ぐに支度するわ」


 妹の反応から見るに、どうやら見えてはいない様子だった。


 ……あれ?


 そして気がつくと、俺の視界からは、いつのまにかシステムウインドウは消えていた。


 ♢


「行ってきます」


 別に誰かに対して言っているわけでもなく、俺は玄関の施錠をしてから、ゆっくりと自転車を通学路とはの小道に出す——


「じゃあ行くぞー、しっかり捕まってろよ」


「ぶぅ〜ラジャ〜っ!」


 俺の背中に腕を回してくる咲は痩せ型で小柄だが、その割にリアクションだけはやたらと大きい。


 妹は俺の後ろで呑気に身体をゆらゆらと揺らしては「遅い〜!」だのと喚いていやがる。


 むかつく。このまま、何処かに振り落としてやりたい。


 家から妹の中学までは片道一時間弱、喘息持ちの咲は一人で登校ができない。だから、毎朝こうして俺が送り迎えをしている。


 喘息の発作が出るたびに、じいちゃん仕込みで列欠や孔最みたいな肺のツボを押してやるのが、いつの間にか俺の日課になっていた。


 咲はいつも「兄貴のツボ押し、意外と効くんだよね」とへらっと笑ってくれる。実はそれがちょっとだけ、誇らしかったりもする。


 送迎も電車やバスを使えば一瞬だが、片道三百円は今の家計には致命傷だ。


 光熱費と学費で手一杯な生活を、なんとか俺ひとりで回している。


(正直しんどい。もし、『こいつ』がいなかったら、俺の人生はもう少し楽だったかもしれない——そんなことを考えてしまう自分が、時々ちょっと嫌になる……)


 ♢


「ありがとう〜」


 学校に着くと、妹は自転車から飛び降り、いつものように塩対応で俺に手を振る。


「んじゃな」


 そして、俺がいつものように方向転換していると、正門に向けて歩んでいたはずの妹がなにやら声を張り上げながらこちらへ走ってきた。


「あ、兄貴待って!……」


 妹に呼びかけられた俺は、彼女から何かの紙袋を手渡しで受け取った。


「え、何これ?」


「い、いいから、開けてみて!」


 妹に急かされ開けて見ると、入っていたのは今時のJCやJKが好みそうなオシャレの包装紙に包まれた愛らしいカラフルなリストバンドだった。


「兄貴、今日誕生日でしょ? こんなのしか渡せないけど、いつも本当に感謝してるんだから!」


「お、おう……そうか。こういうの、普通に嬉しいから。その、ありがとな」


 このままだと、間違いなく俺は涙腺が崩壊しそうだったので、その恥ずかしさを隠す為に、そそくさと妹に背を向けた俺は、自転車を漕ぐ足を早める。


 途中、後ろを振り返ると妹が「遅刻しないでよ〜?」なんて言いながら、笑顔で大きく手を振っていたのが目に入って来た。


 少し憎たらしいけど——やっぱり、可愛い妹だ。


 ♢


 学校にて。


 今思うと——この日が、俺たちにとって“最後の自由時間”になるなんて、この時の俺達は微塵も想像していなかった。


 妹を中学の正門前で降ろした後、俺は自転車を全力で漕ぎまくった甲斐もあり、なんとか朝のHRホームルーム開始五分前には教室へ滑り込むことが出来た。


「おっ、かずやん。今日もギリギリセーフやん!」


 そうやって、いつも真っ先に俺に声をかけて来るのは窓際の一番後ろの席に座っているエセ関西弁の高橋研介だ。校則ラインギリギリの茶色の短髪に、ギラギラ光るピアスと着崩した学ラン、どう見ても教師受けは最悪だが、これで見かけによらず案外優男というギャップが俺は好きだ。


「……まだチャイム鳴ってないだろ。普通にセーフだよ、セーフ」


 俺は息を切らせながら彼の前の席に座った。彼とは前後同士なのだ。


「んで? 今日もご苦労さま、おねーちゃんやってきたん?」


「……だから妹だっつの。お前、毎回わざと言ってるだろ?」


 高橋はニヤニヤしながら、机に置いたスマホの画面を俺に向けてきた。


「はいはい。そんなシスコンのお兄様に朗報や! ほら、これ見てみ!」


「だから……っ」


 見ると画面には、派手なロゴと共にニュース記事の見出しが並んでいた。


『世界最大級VRMMO《Gods Hunt Online》本日正式サービス開始! 同時接続者数、史上最多1万5千人を更新か——』


 俺はその記事に対して、なんとなく見覚えがあった。


「……ああ、それか。確か、昨夜もそんな感じの内容で特番をやっていたような気がする。なんだったかな、確か頭にかぶる最新型のフルダイブ機能付きで、本当に現実と見紛うグラフィックが体験できるとかなんとかって……ほんとかよそれ」


「そう、それや! んでな、ついに今日からログインが解禁するらしいで?」


 そう言って高橋はニヤリと口角を上げ、さらに声を潜めた。


「んでな? 今日うちにそのゲームを佐伯が持って来ることになっとってな、それで今日の放課後、うちでログイン会をすることになっとるんや〜。どや? かずやんも来いなっ?」


「は? いや、俺ゲームとかそんな——」


 すると突然、今度は俺の前の席から佐伯弘和が不意に振り向いてきた。彼は一応眼鏡をかけてはいるが実際は見掛け倒しなだけで、クラスではほぼ最下位の成績をキープしている。ちなみにゲームの話になると高橋以上にテンションが上がるタイプなので、何かと面倒ではある。


「和彦も来なよ。これ、正式サービス前の段階で“人類史上最高の遊戯”って海外のデカいメディアで評されてるくらいなんだよ? 聞いた話によればテストプレイヤーの満足度も予想値を大幅に更新しているみたいだし……なんか、データ見てるだけでゾクゾクする」


「……佐伯、相変わらずお前はそういうとこだけは理系脳なんだな」


「まぁね!」


「褒めてねぇっつぅの」


(……でも、こういうときの佐伯の勘は、外れたことがない。こいつから誘われてやったゲームはその全てが神ゲーと呼べるものばかりだった)


 とはいえ、……妹のこともあるし、今日は一応俺の誕生日だし。


「和彦……」


 佐伯が濡れて震える子犬のような視線を俺に向けてくる。正直なところ面倒くさい。


「……わぁーったよ。妹を送り届けたら、後から行くよ」


「よーし、ほな決まりや!」


 何故か高橋がグッドサインを俺に向けて来る。どういう意味だよ。


 すると、佐伯がニヤニヤと満足そうに口を開く。


「そうだ二人とも、さっきのニュースのことなんだけどさ、あれ実はもう一個気になる情報があったんだよ」


 そう言うなり、何やら佐伯がスマホを操作しては、先程とは違う別の記事を表示してきた。


「《Gods Hunt Online》には、公表されていない“隠し仕様”が存在する――開発スタッフの謎コメント」


「……なんやそれ」


 高橋があくび混じりに呟いた。


 佐伯は構わず、俺達に向かって話を続ける。


「これ、開発スタッフのインタビュー記事らしいんだけどさ。なんか、遊戯神シムニ——人類を“ひとつの世界で裁く”とかなんとか、開発者が冗談めかして言っていたらしいんだよね。まっ、運営がネタでそういうキャラ作ってるのか、本気なのかは定かではないんだけどさ〜」


「へぇ〜、遊びの神様ねぇ〜」


 高橋はほとんど興味がなさそうだ。


(遊戯神シムニ……)


 この時俺は、『もし妹がいなければ……』なんて毒づいたことを——一生後悔することになるなんて思いもしなかった。

 

 to be continued……。

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