第5話
「ゴーッ!」という轟音を立てて、
スティールハートはとっさに横に飛んで避けたが、ほいっぷるん♪はボーっとしていてまったく反応できていない。体育座りのまま、敵の火炎を浴びて身体が燃え上がっている。
「大丈夫か!?」
スティールハートはそう言いながら、火山コボルトの頭につるはしを叩き込んだ。
火を消してやりたいのはやまやまだが、彼女の周りを火山コボルトたちが囲んでいて近づくことができない。
しかし、いくらなんでも異常だ。身体が燃え上がっているというのに、ほいっぷるん♪は微動だにしないのだ。
「アチャーッ!」
自分の身体が炎に包まれてから十秒ほど経ってから、ほいっぷるん♪はそう叫んだ。
辺りをあたふたと転げ回って身体についた炎を消火しようとするが、火はなかなか消えない。しばらくのたうち回った後で、我に返ったほいっぷるん♪は水魔法を使って身体に水をざぶんと掛ける。
「不意打ちとは卑怯にゃり! もう、許さない――ウォーター・カッター!」
その刹那、ほいっぷるん♪の前方に、扇型の水の刃が現れ、敵に向かって発射される。水の刃は火山コボルト数匹を真っ二つに切り裂くとそのまま洞窟の壁に衝突して、大きな刻みを入れた。
「あまり派手にやると、崩落するぞ!」
スティールハートはそう叫びながら、つるはしを
「そ、それもそうだにゃ……」
という、ほいっぷるん♪の返答を聞いて「ゲーム経験が豊富なくせに、そんなことも考えてなかったのか……」と彼は呆れた。
(なんとかなりそうだ)
そう思った瞬間、後頭部にゴツンと物が当たる。
「痛っ!」
石だ。火山コボルトが投石したものだろう。囲まれる心配はなくなったが、思わぬ方向から出し抜けに攻撃を受けるのは厄介だ。
そんな中をスティールハートは一匹ずつ確実に敵を倒していった。すでに五匹ぐらいは屠っているはずだ。アドレナリンが分泌しているのだろうか? 痛みはそれほど感じない。が、確実に身体は火傷を負っているだろうし、外傷もかなりある。
HPはすでに残り二割程度になり、赤い警告表示が点滅している。身体も重くなってきた。
「そう言えば、このゲームって死んだらどうなるんだろう?」
そう思ったときに、間近でほいっぷるん♪の声が聞こえた。
「ヒール!」
その瞬間、スティールハートのHPはふたたび満タン近くまで回復する。
「ありがとう!」
勢いを取り戻したスティールハートは再びつるはしで火山コボルトを突き刺していく。
一匹また一匹と確実にとどめを刺しつつも、敵の攻撃を何度も食らってしまう。それでも敵の数は確実に減っていき、戦闘は徐々に楽になっていった。最後の一匹を倒すと、彼は思わず「よっしゃーっ!」と雄叫びを上げた。
<レベルが10に上がりました>
<レベルが11に上がりました>
システムのレポートによると彼は12匹を倒し、ほいっぷるん♪は38匹を倒したようだ。
「合計50匹か~。まさか、こんなに湧くとは思わなかったんだにゃ……。でも、いい経験だったにゃ!」
ほいっぷるん♪は、そう言うと親指をぐっとこちらに向けてウィンクした。
「いや、そもそも見張りしてなかったでしょ……」
スティールハートがそう呟くと、ほいっぷるん♪はバツが悪そうに明後日の方を向いて、口笛を吹いている。妙に上手い。口笛でパガニーニを吹く人を初めて見た。
「眠たいなら無理しなくてもいいぞ?」
ちょっとキツイ物言いをしてしまったことをスティールハートは反省していた。思えばかなりの時間を材料収集に付き合ってもらっている。すでに十時間以上連続でともに行動しているだろう。
「大丈夫にゃ! もうここの鉱山の火山コボルトはあらかた片付けただろうから、二人で協力して一気に掘るにゃ!」
ほいっぷるん♪は、すっくと立ち上がると、鉄鉱石の小山を土嚢袋にせっせと詰め込みだした。
***
「次はいよいよ砂鉄にゃのだ。敵が強くなるから注意するんだにゃ!」
いや注意は君がして下さい、と思いながらもスティールハートは苦笑して頷いた。
鉱山の洞窟から出て、付近を流れる川に沿って上流に向かって歩いていく。川の幅は徐々に狭くなり、流れも急になっていった。川の左側は急な崖になっていたので、ふたりは右側の獣道を歩いていく。
「気をつけるにゃ……この辺りの森にはダイアウルフが――」
と、ほいっぷるん♪が言いかけたところに、右側の森林地帯から突如として大型の狼が現れ、彼女の横腹に噛みついた。
「アイターッ!」
ほいっぷるん♪は、あまりの痛みに猫っぽい「にゃ」系の言葉を付け忘れて叫ぶ。
逆上した彼女はウォーター・カッターを無秩序に乱射している。洞窟の中でも使っていたが、パニック状態になるとこの水魔法をぶっ放す癖があるのかもしれない。
「ちょっ、あぶっ!」
スティールハートは辛うじて直撃を避けたが、肩の辺りを数センチほどスパッと切られて出血してしまった。
だが、一匹のダイアウルフが木の下敷きになってジタバタともがいている。ほいっぷるん♪が適当に乱射したウォーター・カッターが原因だろう。
「チャーンス!」
スティールハートはその機を逃さずに、ダイアウルフにショートソードで連撃を叩き込む。レベル15のダイアウルフはタフだったが、五連撃を食らうと「キャイン」という哀れな声を上げて息絶えた。
<レベルが12に上がりました>
「相手が三匹だけだったのはラッキーだったにゃ。十匹以上になるとわたすでも苦労するから、敵が多いときは無理せずに逃げるか防御に専念するんだにゃ」
味方へのフレンドリーファイアを反省している素振りはまったく見せずに、ほいっぷるん♪は堂々と忠告した。
「乱射はやめてくれよ」
スティールハートが肩の傷を指さしてジト目でそう告げると、ほいっぷるん♪は「うっす」と小声で呟いて回復魔法を掛ける。どうやらやらかしてしまった自覚は一応あるらしい。
「魔法で木を切ることができるんだったら、森での作業を手伝ってくれればよかったのに」
「いや、魔法だと属性ダメージが入るから木の質に影響がでちゃうんだにゃ。除去には使えるけど、採集には使えないにゃ」
なるほどねぇ。ま、そうでなければ斧とかノコギリの存在価値がなくなるかもしれないな。そう思ってスティールハートは納得した。
「ここからはPKエリアにゃ」
しばらく歩くと、ほいっぷるん♪は、そう言って立ち止まった。目を凝らしてみると二人のすぐ前方をうっすらと赤い線が走っている。
「PK?」
「プレーヤーキリングだにゃ。ここから先のエリアでは他のプレーヤーに襲われるかもしれにゃいのだ」
「ところで……このゲームは死んだらどうなるんだ?」
「運のパラメーターにもよるけど、これまで獲得した経験値と所持金の三割と一番レア度が高いアイテムを一つ失うんだにゃ……」
そう言うと、ほいっぷるん♪は、深くため息をして続ける。
「PKされてなければもうレベルは50を超えているはずにゃ! アイアンボンドの連中め……絶対にいつか復讐してやるからにゃ!」
何かを思い出したらしく、ほいっぷるん♪は、涙目で悪態をついている。どうやらあまり深く詮索しないほうが良さそうだ、とスティールハートは思った。
「じゃあこれから先のPKエリアには入らないほうが良いんじゃないか?」
「ふふふ、大丈夫にゃのだ。目的地はすぐそこだから、もし襲われそうになったらこのあたりまで逃げてくれば強制的にプレーヤー同士の戦闘はキャンセルされるんだにゃ」
ほいっぷるん♪は、そう言って「たまり」と呼ばれる川の流れが緩やかになった部分を指差した。あたりに人影がないのを確認して近づいてみると、川底が真っ黒になっている。
「砂鉄だ!」
スティールハートはそう言うと川底の黒い砂を掌で掴んで検分する。
「これは
スティールハートは興奮気味にそうまくし立てる。
「パンニングってにゃんだ?」
「砂金収集などで使う方法でな……皿に水と砂を入れて比重が重いものだけ残す方法だ。まぁ、今日は使わないから気にするな!」
動画を見れば一発でわかるのだが、言葉で説明するのは難しい。いずれにせよショベルで掘って土嚢袋に入れるだけならばすぐに終わる。これは運が良い、と思ったところで、彼は自分がショベルを持っていないことに気づいた。
「心配無用にゃ。わたすが二つ持ってるから……Eランクだけどにゃ」
ほいっぷるん♪は、そう言うと無造作にショベルを投げてよこした。一回掘るごとに人影がないか周りを確認するが、パンニングの手間に比べればどうということはない。ふたりで数十分ほど作業すると十分な量の砂鉄を採集することができた。
「もう十分だろう。暗くなってきたし、この袋で最後にしよう」
スティールハートはそう言うと、川底に向かってショベルを突き刺した。すると「ガツン」というこれまでにない手応えを感じたので、訝しく思って首を傾げる。
「硬い感触だったけど、砂鉄の層はここまでかな?」
そう呟くと同時に、足元が大きく揺れて二人は体勢を崩した。「地震か!?」と日本人の性でそう思ったが、次の瞬間、川底から銀色の竜のような姿をした巨大な魔物が姿を現す。
その姿を見た瞬間、この怪物がこれまでの敵とはまったく次元が違う存在だ、ということをスティールハートは理解した。
目の前では『
「逃げろ!」
そう叫んだときにはすでに魔物の牙が目の前に迫っていた。
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五十路のリアル刀匠、VRMMOで伝説を鍛える ~四十年の経験は、ゲームのステータスを圧倒する~ 笑パイ @transhiro
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