第4話

「ほらっ、スティー。最後の一匹は任せるにゃ」

 スティールハートはゴブリンの攻撃を盾で受け流すと、敵の頭にショートソードを振り下ろした。


<レベルが6に上がりました>


『セルヴァ・ヴェルデの森』での初めてのモンスターとの戦いは、言ってみればリアルさとの戦いだった。魔物とはいえ、本当に生きているように見えるので、ついつい躊躇してしまう。


 幸い、ほいっぷるん♪から初期装備の布の服よりもだいぶ良いCランクの防具と盾をもらっていたので、敵の攻撃が当たっても致命傷とはならなかった。


「いや、リアルすぎてキツイわ。緑の血がプシューって飛んでたよ……」

 額の汗を拭いながらスティールハートは言った。


「そのうち慣れるにゃん♪」


 ほいっぷるん♪は、雑草を刈るようにさくさくと五匹のゴブリンを狩っていった。そのほうがよほど異常だとスティールハートは思ったが、口には出さずにただ頷く。自分で素材を採集するならば、魔物との戦闘は避けられない。慣れるしかないだろう。


「ところで運営からの『警告』は本当に大丈夫なのかにゃ?」

 ほいっぷるん♪が同じ質問をまた繰り返してきた。気になるのも無理はないが、流石に食傷気味だ。


「だから大丈夫だって!」

「パーティメンバーのわたすにも秘密なんてひどいにゃ!」


 ほいっぷるん♪は目をうるうると滲ませながら上目遣いで詰め寄ってくる。


「悪いけどプライベートなことだから……」

「つまりスティーの知り合いが運営を語って悪戯してきたってことかにゃ?」

「まぁ、そんな感じで理解してもらって構わない」


 スティールハートの答えは歯切れが悪かった。知り合いが悪戯してきたのは事実だが、運営の中の人なのも事実なのだ。


『お世話になっておりまーす。高倉っす♪ いきなりB+連発とか流石っす! だけどあんまり派手にやられちゃうとゲームバランス崩れちゃうんで、一度に市場に出さないでくださいね! ちょっと鍛冶は休んで冒険を楽しんできてください。戦闘も楽しいっすよ!』


 送られてきたメールはこんな内容だった。送り主はエイコーン社のシニア・エンジニアの高倉で、鍛冶システムの開発の責任者だ。渋澤会長お気に入りの天才エンジニアだけあって能力は高いのだが、性格の方もちょっとおかしい。


 開発を手伝ったときに守秘義務契約NDAに署名したのだが、法律関係の文章は苦手なので内容は十全に把握していない。しかし、開発元のエイコーン社で一緒に仕事をした人たち以外とこの話題をしなければ問題はないはず。


 ほいっぷるん♪には悪いが詳細をすべて説明するつもりはない。だけど、嘘をつくのも嫌なのでどうしても歯切れが悪い返答しかできない。


 納得していなさそうな表情のほいっぷるん♪を無視して、スティールハートは斧に持ち替えた。そして、ゴブリンとの戦闘前にしていた木の伐採作業に戻る。


「やっぱりB+の斧はすごいにゃ。店売りのDランクだったら三十分は掛かっただろうにゃー」

 普通のゲームならば数秒で終わる作業に十分近くも掛けたというのに、これでも早いのか。まったくこのゲームのリアル志向は徹底している。


「よしっ、後は樫の木≪オーク≫だけだ!」

 スティールハートは伐採を一通り終えると、弾んだ声を上げた。


「樫の木は奥のほうにゃのだ」

 ほいっぷるん♪は、そう言うとすたすたと先行していった。


 途中で何度かゴブリンと戦闘した。ほいっぷるん♪は、一人で無双しようとはせず、必ず一匹は残してくれる。お陰でスティールハートも徐々に戦闘に慣れてきて、一対一ならば余裕を持って戦えるようになった。


 三回目の戦闘でレベルが7に上がる。どうやらレベル上げに関しては鍛冶よりも戦闘のほうがずっと効率が良いらしい。


「おっ、あれがいい!」


 太い樫の木を見つけたスティールハートは小走りで駆けていき、斧を幹に打ち込んだ。その瞬間、付近の藪から「グゲゲ」という不吉な鳴き声がして大型のゴブリンが現れる。


「そいつは強いから気をつけるんにゃ!」

 戦闘の補助システムが敵の名前とレベルを半透明な文字で空中に表示している。ホブゴブリン。レベルは10でスティールハートよりも高い。


「うわぁっ!」

 スティールハートは、斧を使ってホブゴブリンの攻撃をとっさにブロックする。強力な一撃に吹き飛ばされたが致命傷は避けることができた。


 インベントリから盾を取り出して、ショートソードに持ち替えている時間はない。彼はホブゴブリンに向かって斧を構えた。


 レベルは敵のほうが上だが、装備はこちらが上だ。ホブゴブリンが持っているロングソードのランクはせいぜいDと言ったところだろう。こちらはB+の斧だ。


 敵の大ぶりの攻撃をサイドステップで躱すと、スティールハートは体勢を崩したホブゴブリンの頭に斧を叩き込んだ。抜群の手応えだ!


「はぁ、はぁ。倒した……のか?」

 まさか格上のホブゴブリンを一撃で倒すことができるとは思わなかったので、暫くのあいだ地面に倒れた敵を眺めていたが動く気配はなかった。


「やるにゃん!」


 そう言うと、ほいっぷるん♪はチョコマカとした動きでこちらに向かって走ってきて、彼とハイタッチした。どうやらホブゴブリンが率いていた残りのゴブリンは、すでに倒してくれたらしい。


<レベルが8に上がりました>

<レベルが9に上がりました>


「うぉっ、レベルが二つも上がった!」

「自分より強い相手を倒すと経験値ボーナスをもらえるからにゃのだ」

「なるほど。しかしレベル10の相手を一撃で倒せるとは驚きだな」

「このゲームは装備ゲーにゃのだ」


「装備ゲー?」

 馴染みのないゲーム用語に困惑してスティールハートはオウム返しに尋ねた。


「レベル差よりも装備の質の差のほうが大事にゃのだ。それ以上に大事なのがプレーヤースキルだにゃ」


「プレーヤースキル……つまりステータスとかには関係ないプレーヤー自身の技量ってことか」


 スティールハートがそう呟くと、ほいっぷるん♪は「うん、うん」と大きく首肯した。


「スティーがゲームを始めたばかりなのに、初期状態の工房でB+の武器を作れるのもプレーヤースキルのおかげにゃ」


「なるほど……ほいっぷるん♪は戦闘のプレーヤースキルが高いからあんなにサクサクと敵を倒せるのか」


 スティールハートがそう言うと、彼女はぶるんぶるんと首を大きく振った。


「今日は敵が弱いからレベル差でゴリ押ししてるだけにゃ。わたすのプレーヤースキルはせいぜい中の上ぐらいかにゃー……」


 ほいっぷるん♪は、そう言うと尻尾を股の間に挟んで残念そうな表情を作った。


「じゃあもっと強い人がいるのか?」


「当たり前にゃのだ! そうさにゃー、例えば『シャドウブレイド』だにゃ。たった一人でA級ダンジョンをクリアした伝説の持ち主。信じられないぐらい反射神経と運動能力が高くて、戦う姿は芸術的なほどに美しいんだにゃー」


 ほいっぷるん♪は、うっとりとした目で語った。


 なるほど。ゲームの世界もいろいろと奥が深いな、とスティールハートは感心した。が、考えてみれば当然のことだ。鍛冶システムにあれだけ拘っているから、プレーヤーによる差が出ているのだ。このゲームのメイン要素と言うべき戦闘にこだわらないはずはない。


 経験を積むにつれ、木を切り倒すスピードは更に早くなっていた。レベルアップを重ねてだいぶ力がついてきたのを感じる。


 斧の扱いに慣れてきたのも大きい。武器や道具には習熟度のようなパラメーターがあり、同じものばかり使っていたほうが扱いが上手くなるのだ。


「よし。木材はOKだ。鉄鉱石を取りに行こう」


 ***


『ミニエーラ・ピッコラ鉱山』は森を抜けてすぐの小高い丘の中腹にあった。中は迷宮状の洞窟になっているそうだ。


「ここの火山ウォルカニウスコボルトは火山活動で強化された変異種にゃ。さっきのゴブリンより強いから注意するんだにゃー」

 注意しろと言う割には脱力した調子でほいっぷるん♪は言った。


「ルミナ!」

 ほいっぷるん♪がそう唱えると彼女の頭上に淡い光球が出現した。スティールハートは思わず「おおっ」と驚嘆の声を漏らす。この世界に来て初めて見る魔法だ。


「魔法はどうやって習得するんだい?」

 スティールハートが尋ねる。


巻物スクロールを読めば習得できるんにゃ。知力のステータス値とMPが所定以上だったらにゃ」


 なるほど。あくまでも主要目的プライオリティは鍛冶だが、余裕ができたら魔法も覚えたいものだ、と彼は思った。


 入口付近の鉄鉱石は採掘されつくされていたので、奥へ奥へと進んでいく。スティールハートは奇襲を警戒しながら、盾を構えて移動したが、ほいっぷるん♪は鼻歌交じりだ。恐らく彼女のレベルであれば火山コボルトは脅威ではないのだろう。


 暫くのあいだ歩を進めると、二人は広い空間に出た。奥の方の壁がほいっぷるん♪が放つ光魔法を反射して鈍く輝いている。


「よし、見つけたぞ。俺が採掘するから、ほいっぷるん♪は辺りを警戒してくれ」


 そう言うと、スティールハートはつるはしを手に「カツン、カツン」と音を立てながら鉄鉱石を掘り始めた。やはりB+のつるはしは偉大だ。あっという間に足元には鉄鉱石の小山ができてしまった。


「悪いけど、鉄鉱石を袋に入れてインベントリにしまっておいてくれないか?」


 振り返ってそう言うと、ほいっぷるん♪は体育座りをしたまま、焦点の定まらない目でボーっとこちらを眺めている。


(まさか、こんなところで寝落ち?)

 そう思った瞬間、スティールハートは彼女の背後に燃えるような気配を感じた。


「危ない!」

 スティールハートは叫んだ。


 その瞬間、ほいっぷるん♪の背後で、火山ウォルカニウスコボルトたちが一斉に大きく息を吸い込んだ――。

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