第3話(ほいっぷるん♪視点)

 ほいっぷるん♪がゲームにログインすると、ほんの数秒ほど遅れてスティールハートが目の前に出現した。


「お、待たせちまったかい?」

「いやいや、ほぼ同時だったにゃ!」


 ほいっぷるん♪がそう言うと、彼はにこりと笑って、工房の中に彼女を案内する。 


「ほほぅ、確かに初期状態の工房だにゃー」

 ほいっぷるん♪は、興味深げに工房の中を歩き回って、一通り彼の工房を確認した。スティールハートは炭をくべて炉に火を起こし、ガイドUIに従ってつるはしを作る。


「ふーん。ランクはD-にゃ」


 思わずトーンが落ちる。はっきりとは口には出さないが、少し幻滅している。D-ランク程度の鍛冶ならば自分でも成功したことがあるし、驚くほどではない。配信のほうでも落胆した視聴者たちのコメントが殺到しているようだ。


「次が本番だ。まぁ、見てろ」

 スティールハートはそう言うとガイドUIを完全にオフにした。


「えっ、ちょっ!」

 ほいっぷるん♪が驚きの声を上げたが、まるで彼の耳には入っていない。すごい集中力だ。ドワーフのおっさんキャラだというのにその姿は神々しく輝いて見えた。


 スティールハートは一連の手順をガイド無しで完全にこなしていった。彼女にとっては未知の世界だ。鍛冶が実装されたときに古参ユーザーの多くが挑戦したが、ガイド無しで成功した者はほとんどいない。鍛冶が得意な者でもいくつかの工程でガイドを使用するのがもはや常識となっていた。


「お、悪くないのができたぞ」

 そう呟いたスティールハートの手にはB+のつるはしが握られていた。


「び、びーぷらすぅ!? ガイド使わないで鍛冶を大成功させるひと初めて見た」


 自分の眼前でランクB+のつるはしが完成するのを見届けて、ほいっぷるん♪は顎が落ちるほどに仰天した。


「……にゃっ!」


 あまりにも驚いてしまったため、語尾に「にゃ」を付け忘れたことを思い出し慌てて付け足す。だがスティールハートはにやりと軽く笑っただけで、まるで「俺なら当然だ」とでも言わんばかりに次の作業に取り掛かっている。


 続いて作った斧は最初の一本がDで、二本目がまたB+だった。先ほどパーティを組んだので、彼の鍛冶スキルがLV4からLV5に上がったことが分かる。驚異的な成長速度だ。ガイド無しで鍛冶を成功させると、凄まじい量の経験値ボーナスが入るに違いない。


 この調子ならば一週間も経たないうちに鍛冶スキルはLV10ぐらいになっているだろう。そうなればAランクの武器すらも製作可能になるかもしれない。こんなスーパールーキーがまだゲームに慣れていない段階で友だちになれたのだから、これはめちゃくちゃラッキーだ。


 スティールハートの驚異的な鍛冶能力に自分のチャンネルの視聴者たちも大いに沸き立っている。すでに各SNS上でゲーマーたちの話題になっているのだろう。同時接続人数はうなぎのぼりに伸びており、ついにチャンネル開設以来初の一万人超えを達成した。


 投げ銭も凄い勢いで入ってくる。普段の視聴者は日本人がほとんどなのだが、外国語のコメントもたくさん付き始めた。


「おまたせ。じゃぁ行こう」

 スティールハートはそう言うと工房の出口へと歩を進める。


「ちょっと待つにゃ!」

 ほいっぷるん♪は鋭い声をだして彼を押し留めた。こんなキラーコンテンツを簡単に手放すわけには行かない。


「もしかして……ショートソード一本分の材料をまだ持っているのかにゃ?」

「うん。あるよ。ちょうどあと一振り分ぐらい」

「なんか調子が良いみたいだから、もう一本作ってみたらどうかにゃ?」

「いや、待たせちゃ悪いでしょ……」


「かまわないニャッ!」

 ほいっぷるん♪が甲高い声を上げる。


 仮にB+のショートソードができなかったとしても構わない。Bでも十分に凄いのだ。それに配信を視聴中のみんなは、彼の技巧を見たがっている。これから採集に行ったら同接人数は落ちるはずだから、今のうちに稼いでおきたい。


 スティールハートが黙って頷いたので、ほいっぷるん♪は、鍛冶場の床に体育座りになってスタンバイモードにすると、ゲーム世界から抜け出て現実世界に一時的に戻った。


 この瞬間、彼女は「ほいっぷるん♪」からゲーム配信者「甘衣夢あまいゆめ」に戻っていた。スタンバイモードになっても「ほいっぷるん♪」が見ている景色はVRゴーグルと連動したPC画面に表示されている。


 甘衣夢あまいゆめは全身に密着したボディコンシャスなVRスーツのジッパーをおろして、胸の谷間をすこしだけ顕にする。


 男性の視聴者が多いのでサービスをしたいのはやまやまだが、あまり性的になりすぎるとBANされる恐れがある。このあたりの塩梅は心得たものだ。あくまでもちょっと部屋が暑いのでジッパーを少し下ろした、という体である。


「体育座り乙」

「切り替え早っw」

「いや、それにしてもこのおっさんすごくね?」

「F**king amazing……」

「良いものを見せてくれてありがとう。夢ちゃん、今日もかわいいね!♪ ¥3000」

「まさに神業」


 甘衣夢あまいゆめは高速でコメントをスクロールしながら、高めの投げ銭をしてくれた視聴者を探し出した。そして配信用カメラに笑顔を向けながら、彼らの名前を一人ずつ呼んで笑顔でお礼を言う。


 VR世界に残してきた自分のアバターが固定カメラとして映し出している映像では、ショートソードの形が徐々に形成されていった。スティールハートは慣れた手つきで「カンッ! カンッ!」とリズミカルにハンマーを叩いており、その動きには一切の迷いがない。


「そろそろゲームに戻りまーす!」


 甘衣夢あまいゆめはそう言って手を振ると、再びVRゴーグルを装着し直して『アルティマット・アンリアリティ』へと戻った。スタンバイモードを解除して通常モードに戻ると、ほいっぷるん♪は立ち上がる。そしてつかを装着する工程を凝視した。


「いやー本当にB+のショートソードできちゃったよ」

 スティールハートはそう言うと作ったばかりのショートソードを掲げて満足気に頷いた。


「凄っ! 神っ! にゃ!」


 ほいっぷるん♪は大喜びで、スティールハートの周りを飛び跳ねながら拍手した。「最高のコンテンツでした。ありがとう」と心のなかで呟いたが言葉に出すことはない。


 作成されたばかりのショートソードはあまり装飾のないシンプルなものだが、見るからにただならぬ雰囲気を漂わせている。


「ちょっと見せてもらっても、良いかにゃ?」

「おう」


 スティールハートはそう気軽に言うと、できたばかりのB+のショートソードをほいっぷるん♪に渡した。そしてテキパキとした調子でこのショートソード用の鞘を作り出している。


 ほいっぷるん♪の瞳を通して、一万人を超える視聴者たちも今この剣を眺めている。


 できるだけディティールが伝わるようにまじまじと眺めているうちに、ほいっぷるん♪はこのショートソードがどうしても欲しくなってしまった。


「そ、それを、譲ってくれにゃいかな?」

 上目遣いでほいっぷるん♪は彼に尋ねた。


「これってどれぐらいの価値?」

 スティールハートはあっけらかんとした調子で尋ねる。


「たぶん一万は下らないにゃ……二万ゴールドぐらいになるかもにゃ」

「に、にまん!?」

 スティールハートは驚いて思わず唾を飛ばす。


「絶対に二万以上、いや三万以上の素材を収集するから。なにとぞ……にゃ~にと~ぞぉ~!」

 ほいっぷるん♪は目に涙を浮かべて両手を合わし、ついには床に土下座して懇願した。


「わかったよ。期待してるからな」

 スティールハートはそう言ってショートソードを彼女に渡す。


「わーい! わーい!」

 嬌声を上げながら、ほいっぷるん♪は工房の中をスキップして喜びの舞を踊った。このおっさんは金の卵だ。これからの冒険が楽しみで仕方がない。


「ん? なんだこれ……件名が真っ赤な太文字で『警告』になってるメールが運営から来たぞ」


 ほいっぷるん♪の動きがピタリと止まる。 スティールハートが、虚空のウィンドウを凝視して眉をひそめていた。


「えっ、警告!? わたすには来てないにゃ」

 慌てて自分のメールボックスを確認するが、運営からの通知はない。特定のプレーヤーだけに届く『警告』の意味するところは、大抵ろくなものではない。


「まさか……スティー、チーターなのか……にゃ?」

 ありえない性能の武器。早すぎる熟練度。不正ツールを使っているとしたら辻褄が合う。もしそうなら、アカウント停止BANは免れない。


「ん、チーターってなんだ? 動物の?」

 スティールハートは不思議そうな顔をしつつ、指先で操作を続けた。

「えーなになに、本文は……あっ!」


 メールを開いた瞬間、スティールハートは短く声を漏らして固まった。 その表情を見て、ほいっぷるん♪は天を仰いだ。


(終わった……わたすのキラーコンテンツが……!)


 コメント欄には早くも「BAN確定」「さよなら伝説の鍛冶師」といった文字が流れ始めていた。

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