第2話
「——配信ってつまり、このキャラが君の動画に出るってこと? 問題ないと思うよ」
とスティールハートは答えた。正直言って疎い領域だが、リアルの個人情報が晒されるわけではないのだから問題はあるまい、と内心で考える。
「あんたがこれを買い取るときの金額はいくらなんだ?」
ショートソードを指さして、彼は店主に尋ねた。
「2400ゴールドだな……」
「で、2400で仕入れたコイツをいくらであんたは売るんだ?」
「倍額が基本だから4800だな!」
彼女の提示した金額はフェアだ。店での取引と比べた場合、双方に利益がある。鑑定スキルも持っているし、相場を熟知している。初心者ではなさそうだ。
3600ゴールドあれば、当面の材料には困らない。買い込んだ材料を使ってもっとランクが高い武器も作れるだろう。
「それは悪くない提案だが……俺も自分用に1本残しておきたいんだ。ところで君はこの世界に詳しいの? 俺は今日はじめたばかりなんだけど」
「うん。パブリック・ベータテストの頃からやってる古参だにゃ! ん? 今日はじめたばかりでBランクを制作したって言うの!? 嘘っ!?」
「本当」
「ありえない。嘘でしょ?」
「本当だって」
スティールハートがそう言うと、猫耳少女は暫くのあいだ疑わしげに目を
「わたすは『ほいっぷるん♪』にゃのだ!」
彼女はそう言って肉球のついた掌を前に差し出す。
「え、あ……俺はスティールハート。よろしく」
スティールハートはそう言って彼女と握手した。
「スティーはなんでお金が欲しいのかにゃ?」
名乗った直後に妙な略され方をされて一瞬呆気にとられたが、彼は気を取り直して答えた。
「え、いやそりゃ、鍛冶で使う素材を買うためだよ」
「だったらマーケットで買うよりも直接素材を採集しに行ったほうがずっとお得にゃ! えっと、スティーはレベルいくつにゃ?」
「5だけど……」
「戦闘経験は?」
「ゼロ」
「鍛冶だけでレベル5になったん!? うけるにゃ」
ほいっぷるん♪はそう言うと尻尾を振って笑った。
「スティーが一人で行ったらゴブリン相手でも勝てないだろうけど、レベル42のわたすが付いていけば楽勝にゃっ! 」
ほいっぷるん♪は、そう言って胸を張った。
「わかったよ。素材を集める手伝いをしてくれたら、このショートソードをあげるよ」
「本当だにゃ! 絶対だにゃ! じゃ、指切りにゃー」
スティールハートが差し出された指に自分の指を絡めると、ほいっぷるん♪は、ニッコリと笑った。
正直言って、マーケットで買ったほうが手っ取り早いのだが、この世界に関する知識がほとんどないので、彼女と一緒に行動するのも悪くない。戦闘などの他のゲーム要素にもそれなりに興味はある。
「で、必要な素材はなにかにゃ?」
「とりあえず木材は
「大丈夫にゃのだ。砂鉄はちょっとだけ危険だから最後にいくにゃ。まずは敵が一番弱い『セルヴァ・ヴェルデの森』で木材収集! 斧とつるはしを忘れないでにゃ!」
ほいっぷるん♪の言葉を聞いて、スティールハートは斧とつるはしを作っていないのに気がついた。
「工房で斧とつるはしを作ってからでいいか? あまり時間は掛けないから」
スティールハートはほいっぷるん♪に訊いた。武器屋には斧も置いてあったが、Dランクの品で350ゴールドと書いてある。自作すれば最低でもCランクぐらいのものは作れるだろう。
「見学してよいのかにゃ?」
「もちろん!」
スティールハートは店主に残りの武器を売却し、店を出た。すると、ほいっぷるん♪からパーティ申請が飛んでくる。承諾すると、彼女の頭上に詳細なステータスバーが表示された。
「ひぇー、ちっこいのに俺の五倍も力があるんだな!」
「伊達に古参やってないにゃ! ほら、急ぐにゃ!」
言うが早いか、ほいっぷるん♪はスティールハートの体を軽々と持ち上げた。
「うおっ!?」
思わず声が漏れる。まさかの「お姫様抱っこ」だ。
見た目は可憐な少女に、ドワーフのおっさんが抱え上げられる。周囲のプレーヤーたちがギョッとして振り返るが、彼女は気にせず猛ダッシュを始めた。速い。自分の全速力よりもずっと速い。これがステータスの差か。
露店で
だが、工房の扉に手を掛けた瞬間、ほいっぷるん♪が足を止めた。
「あ、頭の上に警告アイコン出てる。スティー、そろそろ強制ログアウトだにゃ」
「強制ログアウト!?」
「わたすもあと二時間ぐらいだから、続きは一眠りしてからにするにゃ。じゃ、八時間後に~」
スティールハートが何か言うよりも早く、無機質なシステムアナウンスが脳内に響いた。
<連続で16時間以上プレーしています。一度ログアウトして休んでください>
「……16時間? そんなに経っていたのか?」
没頭するあまり、時間の感覚が完全に消え失せていたらしい。
「ガイド頼りで作った駄作は分解して素材に戻したから、完成させたのは合計七本か……」
そう考えると、七本の剣を打てたというのは逆にすごい。リアルだったら一ヶ月は掛かる作業量だ。
現実の制約から解き放たれることが、これほどまでに心地よいとは。水を得た魚とはこういう状態を言うのかもしれない。彼がそう思った瞬間、目の前の光景はフェードアウトし、視界は闇に包まれた。
***
『アルティマット・アンリアリティ』からログアウトして、VRスーツを脱着し、スティールハートは大船鋼心≪おおふなこうしん≫に戻る。
棚に置いてあるデジタル時計を見ると現実世界はすでに翌日になっていた。
「ふぅーっ」と大きく息を吐くと、「グーッ」と思い出したかのように腹が鳴る。文字通り寝食を忘れて熱中していたのだ。
「なるほど……『あの機能』は、伊達じゃなかったわけか」
設置業者が「このスーツなら、トイレ(小)もそのままで大丈夫ですよ」と真顔で説明していたのを思い出す。
その時は「誰がゲーム中に垂れ流すんだ」と呆れたが、あの没入感と、時間の消失感覚を味わった今なら理解できる。トイレに立つ時間すら惜しいと感じさせる魔力が、あの世界にはあった。
「まったく……世の中が進みすぎて付いていくのが大変だ」
鋼心はそう呟いて苦笑したが、気分はとても良かった。疲労感すらも心地よく感じる。そして、早くも「向こう側」へ戻りたくてうずうずしている自分がいる。 彼は冷蔵庫からビールを取り出すと、プシュッと小気味よい音を立てて栓を開けた。
その時、テーブルに置いていたスマートフォンが震えた。通知画面には、セットアップ時にインストールさせられたゲーム連携アプリのアイコン。パーティを組んだ相手とは、自動的にフレンド登録され、こうしてメッセージが届く仕組みらしい。
『新着メッセージ:ほいっぷるん♪』
とあるので、タップしてみる。
『件名:大変だにゃ! 動画がバズって、スティーが「伝説の鍛冶師」って祭りになってるにゃ!』
「……ぶっ!?」
鋼心は思わずビールを吹き出しそうになった。
「伝説の……鍛冶師だと? わかってねぇな、世間の奴らは。伝説の鍛冶師ってのは俺の爺ちゃんみたいな職人のことだろ!」
鋼心はそう嘯きながら、緩みそうになる口元を必死で抑えた。
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