五十路のリアル刀匠、VRMMOで伝説を鍛える ~四十年の経験は、ゲームのステータスを圧倒する~
笑パイ
第1話
「やれやれ、こんな高価なモノを貰っておきながら、使わないでいると会長に怒られてしまうな……」
そんな折に舞い込んできたのが「VRゲームの鍛冶システム監修」という仕事だった。乗り気ではなかったが、太客である渋澤会長の頼みとあって、断るわけにはいかない。
しかし、研究所のテスト環境で
そして今日──監修の礼として、最高級の全身没入型VRシステムが自宅に届けられたのである。
自宅でゲームにうつつを抜かすというのに抵抗があるので、渋々というふうを装ってはいるが、材料費や待ち時間などを一切気にせずに、ひたすら鍛冶に専念するあの感覚を渇望していたのは事実だ。
VRスーツを着用してログインすると、女性の声がヘッドセットから流れてきた。
<『アルティマット・アンリアリティ』へようこそ>
最初に行なうのは「キャラクリ」というやつだ。キャラクターの方向性はすでに決まっているので、
<ドワーフの鍛冶師『スティールハート』でよろしいですか? この種族と職業の組み合わせは鍛冶適性が最も高くなります。また年齢が50歳以上なので初期状態から簡素な工房と素材を所有した状態でゲームを開始できます>
若さよりも工房だ。そう思った鋼心は迷わず「はい」と言った。
***
目を開けると、そこは石造りの薄暗い工房だった。鼻をくすぐるのは、慣れ親しんだ松炭の匂い。
<チュートリアルを開始します。まずは火打ち石を使って、炉に火をつけてください>
目の前にウィンドウが表示され、手元に二つの石ころが現れる。
「……は? いまどき火打ち石だと?」
スティールハートは眉をひそめた。四十年の職人生活で、そんな非効率な道具を使ったことなど一度もない。試しにカチカチと打ち合わせてみたが、小さな火花が散るばかりで、種火の藁には一向に着火しなかった。
「ええい、じれったい!」
業を煮やしたスティールハートは、腰に差していた初期装備のダガーを引き抜いた。 それを金床の上に置き、手近な金槌で「カン、カン、カンッ!」と何度も叩く。ダガーの先端部分が真っ赤に変色すると、彼は着火用の藁を切っ先に押し付けて火を起こした。刀鍛冶が伝統行事などで行なう着火方法だ。
「点けばいいんだよ、点けば」
そう吐き捨てて炭をくべた瞬間、爽快な電子音が鳴り響く。
<独創的な着火方法を確認。火属性の適性が大幅に上がりました>
「……ほぅ。マニュアル通りじゃなくてもいいってことか。なら、話は早い」
ニヤリと笑うと、スティールハートはハンマーを握り直した。
まずは試しに、ガイドUIに従って一本打ってみた。最適な温度や叩く位置を親切に全部表示してくれる。が、出来上がったダガーはEランクだった。
「……まぁ、最初は手順確認さ」
どうやらガイドを使えば誰でも形にはなるが、そのぶん品質の上限は低くなる仕様らしい。
ならば、不要だ。熱した鉄の温度なんて見ればわかるし、たとえ馴染みの薄い西洋武器であっても、一度お手本を体験すれば十分だ。スティールハートはガイドを切り、四十年の経験と勘だけを頼りにハンマーを振るった。
鉄を熱し、叩き、折り返す。散る火花。肌を焼く熱気。鋼≪はがね≫が締まっていく確かな感触。 時間を忘れて没頭していた彼が手を止めたのは、炉の火が頼りなく揺らぎ始めた時だった。
「ふぅ……、どうやら炭を使い切ってしまったようだな」
足元には、数本のダガーとショートソードが転がっている。その中で最高品質の物はランクBのショートソードだ。スティールハートとしては納得できる出来ではないが、初期装備のものよりはずっとマシだ。
「しかたない……マーケットで作った武器を売って、材料を補充してこよう」
スティールハートは一番出来が良い一振りを腰に差し、残りをインベントリに放り込むと、外の世界へと足を踏み出した。
始まりの街『カストラ・ノヴァ』は彼が想像していたよりもずっと活気に満ちていた。ドワーフやエルフなどのファンタジー世界でおなじみの種族たちが石畳の道を行き交っている。スティールハートは喧騒の中を中心部のマーケットへと向かった。
目抜き通りにはさまざまな露店が立ち並んでいた。炭や木材、
「初期状態で所有している300ゴールドではお話にならないな……」
と呟きながら、マーケットを奥に進むと大きな剣の看板を掲げた店を見つけた。武器屋だ。
「いらっしゃい。武器をお探しかな? それとも、ご不要なものでも?」
店に入ると初老の店主が声を掛けてきた。
「自作の武器を買い取ってもらいたい」
彼はカウンターに近づくと、インベントリからダガーとショートソードを取り出した。四本ともランクはCまたはC+だ。店主は武器を手に取り、慣れた手つきで検分した。
「ほう……! あんたが作ったのか?」
店主は目を見開いて声を上げた。少し声が裏返っている。 スティールハートが首肯すると彼は続けた。
「いい腕だ。これほどの業物、熟練の職人だって滅多に持ち込まないぞ。そうだな……合計で1800ゴールドってところだな」
買取金額を聞いて彼は胸をなでおろした。なんとか制作を再開できそうだ。
すると、店の入り口から元気な声が飛んでくる。
「ドワーフのおじさーん! その武器、わたすにも見せるんにゃっ!」
振り返ると、小柄な猫系獣人の少女が目を輝かせて立っていた。スティールハートもドワーフなので小柄なのだが、彼女はさらに小さい。
茶トラ系の猫耳に、茶色と白色のツインテール。軽装の革鎧にショートソードを差している。くりくりとした大きな目が、スティールハートの腰のあたりを興味深げに見ている。
「その腰にぶら下げてるショートソード……まさか、Bランクにゃっ!?」
彼女はカウンターに駆け寄ると、興奮した様子でまくし立てた。
「ほう、ちょっと見るだけで分かるのかい?」
スティールハートは感心した。
「ふふふ、わたすは鑑定スキル持ってるんだにゃ!」
少女はそう言って胸を張った。
いつの間にか店内はざわつき始めていた。
他の客たちもスティールハートたちの周囲に集まってきている。
「Bランクってマジかよ……」
「本当に自分で作ったのか?」
「あんな初期装備の奴が作れるはずないだろ」
「いやいや、初期装備の奴はBランク買えないから」
ひそひそ声で囁いているが、十分に聞き取ることができる。が、なぜチュートリアルのついでに作った武器に驚いているのか、スティールハートには理解できなかった。彼の困惑をよそに、獣人の少女は目を輝かせて詰め寄ってきた。
「わたすのメイン武器はショートソードだから、絶対にそれが欲しいんにゃっ! ね、お願い、3600ゴールドで売って!」
猫系獣人の少女はそう言うと、上目遣いでにじり寄ってきた。自分用の武器がなくなるのは寂しいが、3600ゴールドは魅力的だ。しばらくは鍛冶作業に没頭できる。スティールハートは腕を組んで考え込んだ。
「あ、言い忘れてたけど、わたすは配信者にゃのだ! 今も配信中だけど問題ないかにゃ?」
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