五十路のリアル刀匠、VRMMOで伝説を鍛える ~四十年の経験は、ゲームのステータスを圧倒する~

笑パイ

第1話

 大船鋼心おおふなこうしんは居間に鎮座する巨大なVRシステムを眺めていた。先程、専門の業者が汗だくになりながら運び込み、組み立て、簡単な使い方を教えていったばかりだ。


「やれやれ、こんな高価なモノを貰っておきながら、使わないでいると会長に怒られてしまうな……」


 鋼心こうしんは先祖代々続く刀鍛冶だ。二年前に妻を事故で亡くし、後継ぎにと期待していた一人息子は東京に出ていったまま帰ってこない。営業面は妻に頼っていたので、工房の経営は下り坂だ。


 そんな折に舞い込んできたのが「VRゲームの鍛冶システム監修」という仕事だった。乗り気ではなかったが、太客である渋澤会長の頼みとあって、断るわけにはいかない。


 しかし、研究所のテスト環境でつちを振るううちに、たかがゲームだと馬鹿にしていた自分が完全に間違っていたことを認めるようになった。


 そして今日──監修の礼として、最高級の全身没入型VRシステムが自宅に届けられたのである。


 自宅でゲームにうつつを抜かすというのに抵抗があるので、渋々というふうを装ってはいるが、材料費や待ち時間などを一切気にせずに、ひたすら鍛冶に専念するあの感覚を渇望していたのは事実だ。


 VRスーツを着用してログインすると、女性の声がヘッドセットから流れてきた。


<『アルティマット・アンリアリティ』へようこそ>


 最初に行なうのは「キャラクリ」というやつだ。キャラクターの方向性はすでに決まっているので、鋼心こうしんは迷うことなく素早くキャラクターを作成した。


<ドワーフの鍛冶師『スティールハート』でよろしいですか? この種族と職業の組み合わせは鍛冶適性が最も高くなります。また年齢が50歳以上なので初期状態から簡素な工房と素材を所有した状態でゲームを開始できます>


 若さよりも工房だ。そう思った鋼心は迷わず「はい」と言った。


 ***


 目を開けると、そこは石造りの薄暗い工房だった。鼻をくすぐるのは、慣れ親しんだ松炭の匂い。


 鋼心こうしん――アバター名『スティールハート』は、仮想現実とは思えないリアルさに感心しながら、分厚い革手袋をはめた自身の掌を見つめた。


<チュートリアルを開始します。まずは火打ち石を使って、炉に火をつけてください>


 目の前にウィンドウが表示され、手元に二つの石ころが現れる。


「……は? いまどき火打ち石だと?」


 スティールハートは眉をひそめた。四十年の職人生活で、そんな非効率な道具を使ったことなど一度もない。試しにカチカチと打ち合わせてみたが、小さな火花が散るばかりで、種火の藁には一向に着火しなかった。


「ええい、じれったい!」


 業を煮やしたスティールハートは、腰に差していた初期装備のダガーを引き抜いた。 それを金床の上に置き、手近な金槌で「カン、カン、カンッ!」と何度も叩く。ダガーの先端部分が真っ赤に変色すると、彼は着火用の藁を切っ先に押し付けて火を起こした。刀鍛冶が伝統行事などで行なう着火方法だ。


「点けばいいんだよ、点けば」

 そう吐き捨てて炭をくべた瞬間、爽快な電子音が鳴り響く。


<独創的な着火方法を確認。火属性の適性が大幅に上がりました>


「……ほぅ。マニュアル通りじゃなくてもいいってことか。なら、話は早い」

 ニヤリと笑うと、スティールハートはハンマーを握り直した。


 まずは試しに、ガイドUIに従って一本打ってみた。最適な温度や叩く位置を親切に全部表示してくれる。が、出来上がったダガーはEランクだった。


「……まぁ、最初は手順確認さ」

 どうやらガイドを使えば誰でも形にはなるが、そのぶん品質の上限は低くなる仕様らしい。


 ならば、不要だ。熱した鉄の温度なんて見ればわかるし、たとえ馴染みの薄い西洋武器であっても、一度お手本を体験すれば十分だ。スティールハートはガイドを切り、四十年の経験と勘だけを頼りにハンマーを振るった。


 鉄を熱し、叩き、折り返す。散る火花。肌を焼く熱気。鋼≪はがね≫が締まっていく確かな感触。 時間を忘れて没頭していた彼が手を止めたのは、炉の火が頼りなく揺らぎ始めた時だった。


「ふぅ……、どうやら炭を使い切ってしまったようだな」


 足元には、数本のダガーとショートソードが転がっている。その中で最高品質の物はランクBのショートソードだ。スティールハートとしては納得できる出来ではないが、初期装備のものよりはずっとマシだ。


「しかたない……マーケットで作った武器を売って、材料を補充してこよう」


 スティールハートは一番出来が良い一振りを腰に差し、残りをインベントリに放り込むと、外の世界へと足を踏み出した。


 始まりの街『カストラ・ノヴァ』は彼が想像していたよりもずっと活気に満ちていた。ドワーフやエルフなどのファンタジー世界でおなじみの種族たちが石畳の道を行き交っている。スティールハートは喧騒の中を中心部のマーケットへと向かった。


 目抜き通りにはさまざまな露店が立ち並んでいた。炭や木材、鋼塊スチール・インゴットなどの値段を確認したところ、材料を補充するには二千ゴールドくらいは必要になりそうだ。


「初期状態で所有している300ゴールドではお話にならないな……」  

 と呟きながら、マーケットを奥に進むと大きな剣の看板を掲げた店を見つけた。武器屋だ。


「いらっしゃい。武器をお探しかな?  それとも、ご不要なものでも?」 

 店に入ると初老の店主が声を掛けてきた。


 「自作の武器を買い取ってもらいたい」 

 彼はカウンターに近づくと、インベントリからダガーとショートソードを取り出した。四本ともランクはCまたはC+だ。店主は武器を手に取り、慣れた手つきで検分した。


「ほう……! あんたが作ったのか?」

 店主は目を見開いて声を上げた。少し声が裏返っている。 スティールハートが首肯すると彼は続けた。


「いい腕だ。これほどの業物、熟練の職人だって滅多に持ち込まないぞ。そうだな……合計で1800ゴールドってところだな」


 買取金額を聞いて彼は胸をなでおろした。なんとか制作を再開できそうだ。


 すると、店の入り口から元気な声が飛んでくる。 

「ドワーフのおじさーん! その武器、わたすにも見せるんにゃっ!」 


 振り返ると、小柄な猫系獣人の少女が目を輝かせて立っていた。スティールハートもドワーフなので小柄なのだが、彼女はさらに小さい。


 茶トラ系の猫耳に、茶色と白色のツインテール。軽装の革鎧にショートソードを差している。くりくりとした大きな目が、スティールハートの腰のあたりを興味深げに見ている。 


「その腰にぶら下げてるショートソード……まさか、Bランクにゃっ!?」 

 彼女はカウンターに駆け寄ると、興奮した様子でまくし立てた。


「ほう、ちょっと見るだけで分かるのかい?」

 スティールハートは感心した。


「ふふふ、わたすは鑑定スキル持ってるんだにゃ!」

 少女はそう言って胸を張った。


 いつの間にか店内はざわつき始めていた。

 他の客たちもスティールハートたちの周囲に集まってきている。


「Bランクってマジかよ……」

「本当に自分で作ったのか?」

「あんな初期装備の奴が作れるはずないだろ」

「いやいや、初期装備の奴はBランク買えないから」


 ひそひそ声で囁いているが、十分に聞き取ることができる。が、なぜチュートリアルのついでに作った武器に驚いているのか、スティールハートには理解できなかった。彼の困惑をよそに、獣人の少女は目を輝かせて詰め寄ってきた。


「わたすのメイン武器はショートソードだから、絶対にそれが欲しいんにゃっ! ね、お願い、3600ゴールドで売って!」


 猫系獣人の少女はそう言うと、上目遣いでにじり寄ってきた。自分用の武器がなくなるのは寂しいが、3600ゴールドは魅力的だ。しばらくは鍛冶作業に没頭できる。スティールハートは腕を組んで考え込んだ。


「あ、言い忘れてたけど、わたすは配信者にゃのだ! 今も配信中だけど問題ないかにゃ?」

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