第4話



『思い上がるな、メリク!

  王家に紛れた異端の分際で!』



 散らばった白い花。




『二度とお前がこの俺に魔法を使ってみせろなどと言うんじゃない』



 

 手の中で、冷たく動かなくなった小鳥。


 瀕死の傷を負った、罪のない人々。




『お前のような魂の下賤が見下していい者など一人もいない!』




 ごめんなさい、と繰り返していた。


 骸になった、罪びとたち。



 正しいものになりたくて、

 愛されるものにはなれなくても、

 敵意を向けられるものにはなりたくなくて、


 いつも必死に、生きていた。


 リュティスの【魔眼まがん】は、いつも呆気なく彼自身を傷つけた。

 ひどい裂傷を腕に受け、片膝をつく姿。


 自分がそこにいることで、彼に負わせた傷だった。


 謝りたいと願ったけれど、

 単純な謝罪の言葉では、幾重にも塗り固めた誤解は解けなかった。




(あのひとなら)




 美しい魂と、瞳を持つ王子……グインエル王子ならば、

 たった一言でリュティスの心を救える。


 だがメリクには無理だった。



『貴様如きがその名を軽々しく口にするな!』



 出来ることは、

 とにかくもう二度と触れないと誓うことだった。


 グインエル王子に。

 その愛児たる王女ミルグレン。

 彼の国サンゴール、女王アミアカルバ……、


 彼の聖域と、彼自身に。



 鐘が鳴る。



 酷い雨だった。

 二度と触れない、と思った記憶に覆い被さって来る。


 一人で見上げた月、

 凍えそうになりながら、歩き続けたこと。

 悪意のある人間達の顔。


 最初は、魔法はもう二度と使わないつもりだった。

 自分の魔法は悪い因縁を手繰り寄せる。


 闇の術師だからだ。


 使えばまたきっと誰かを傷つける運命にある。


 そう思って二度と使わないと誓っていたが、

 人売りをする人間に捕まりそうになった時、身を守るために使ってしまってからは、魔術がなければ自分の身も守れないほど、無力なのだと自分を思い知った。


 自分の為だけに魔術を使う。


 サンゴール時代は、常に誰かの為に魔術を使っていた。


 罪悪感を感じた。

 魔術を一つ使えば、一つずつ、罪人という染みが自分の身体について行くようだった。


 暗がりを好むようになった。


 街についても汚い所や狭い所を寝床にした。

 当然、そういう所にいれば、目にするものも人間の成れの果てのようなものばかりだ。


 人間に期待を、何もしなくなった。

 悪人が怖くなくなった。

 自分の身体に染みついた罪もこの世に在る醜いものの一つに過ぎないのだと、

 あまり気にしなくなった。


 魔物や動物は、魔力の気配に人間より敏感だ。

 きちんと守りを固めて寝れば、野宿をしていても襲われることはない。


 魔物も、怖くなくなった。



 ……気づけば不死者すら、恐れる心を失って、


 

 それでも心に、希望が満ち溢れてるわけじゃない。



【何の意味もないものだ】



 幾千の、孤独な夜を重ねても、……その痛み、悲しみを重ねても、

 決して戻りたくないと思えた。


 足音が近づいて来る。



『ゆるしてください……』



 幼いメリクは泣きながら懇願した。


 二度と、繰り返したくない。

 あんなに辛い日々は、もう二度と――、




『異端の分際で!』




 叩かれる、と思って目を閉じていた。


 ふわ、と頭に大きな手が触れ、自分を撫でたのが分かった。



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