第3話


 火を起こして、ここに来るまで拾って来た小石を明かりにかざしながら、ラムセスは調べていた。


 ここは長く結界呪と共に封じられていた土地だ。

 上階から小石を拾ってきたが、下に行くほど変化が見られた。

 一番上の石は単なる小石だが、下階の石には魔力が宿っていた。


「……。」


 石に魔力が宿るのは別に珍しくはない。

 珍しいのはこの石から感じる魔力だ。


 普通『精霊』は、それぞれの縄張りを持つ。

 動物のように共存は出来ないし、しない。


 自然界ではそうだが、石など物に宿る時は、その一つ一つが彼らの縄張りになる。


 だから神殿などはその精霊と、精霊の帯びる魔力を宿す石を触れ合わせ、

 隣接させることで魔術的な因縁を結びつける。


 本来触れることのない精霊同士を物で繋ぎ合わせその影響を作り、

 結界を作ったり守りの力を強めたり、他の魔力を遮ったりする。


 二つ拾った小石を近づける。

 強い魔力を感じるのに、精霊の気配を感じないのだ。

 ざわめく感じを。

 たった一つの光だけが見えてる感じだ。


 ラムセスは高い天井を見上げた。



「……ここら全体が結界内にあるからかもしれないな。

 結界の外に出れば個性を出すのかも」



 それから地の底を。

 


「まだこの下に層がある。

【叡智の水は地の底に在る】か」


 ラムセスは片膝に頬杖をついた。


「俺も地上に色んな研究室を封じて来たけど……ああいうのどうなってんのかなぁ」


 赤蝙蝠が輝く目で、炎を見つめている。


「そういえばバット何匹かそのままにしてきた気がするぞ。

 だとしたら絶対餓死して化石になってんなアレ。

 バットの化石か~。

 ……あいつらの身体って魔力帯びてんだよな?

 あいつらの身体の部位って切り離してもずっと魔力帯びてるもんな。

 人間は死んだら魔力を失うが、バットは確かに日干しになってても魔力はちょっと帯びてるもんなぁ。

 ということはバットの化石になると体全体が結晶化して魔石化とかすんだろうか?

 バットの魔力はモンスターの中じゃ強い方だ。

 それに魔力の高さが影響して変種が生まれやすい。

 変種のバットは本来帯びない複数の魔力を帯びてるんだ。

 こいつが化石化したらどうなるんだろう?」

 

 何か気配を感じたのか、赤蝙蝠がラムセスの方を見た。

 にっ、と目が合ってラムセスが笑って見せると、

 明らかに赤蝙蝠はハッとしたように翼を広げ、突然キュイキュイと警戒した声を出した。

 狼狽したようにバタタッと飛び去って行く。


 身の危険を感じたような行動に、ラムセスは声を出して笑った。


「ありゃ当分戻って来ないな」


 


「…………い」




 ラムセスは胡坐を崩して立ち上がった。

 眠っていたメリクが何かを言ったのだ。


「メリク?」


 目を覚ましたのかと思ったが、違ったようだ。


 メリクは崩落に巻き込まれてこの階まで落ちてきたらしい。

 だがその割に軽傷だったので、多分咄嗟になにか魔術を使ったのだろうがよく分からない。

 この結界域であることも関係しているに違いない。


 ウリエルは去ったので、メリクの容体は普通は危ぶまれるのだが、

 宿主からの霊力が遠ざかっても形を留めておけるのも、それが理由であるかもしれない。


 落ちた場所が良かったのだ。


 それか余程魂の力が強ければ、ある程度召喚主である【四大天使】と離れても自らの精神体を維持できるとも聞いた。


 ラムセス自身は、完全に今自分が【ウリエル】と離れててもどうもないのは後者だと思っているが、

 メリクというこの青年が、自分と同じように宿主から独立しても尚、原形を留められるほどに強い魂を持っているかと聞かれれば謎に思う所だ。


 最近の付き合いなのでラムセスもさほど、メリクのことが分かっているわけではない。


 分かっていることは、


 メリクがラムセスよりも後世のサンゴール王国出身の魔術師であること。

【エデン天災】という災厄では国を出て、あの賑やかしいエドアルトとミルグレンという子供たちと不死者封印のような旅をしていたらしいこと、

 そして【召喚呪法しょうかんじゅほう】で目覚めさせられたあとは、何故か両目の視覚が失われているということだった。


 そのくらいだ。

 メリクは非常に受動的な印象をしている。


 お前が生前不死者退治なんて勇ましいことをしてたとは思えない、とラムセスは笑ったことがあるけれど、メリクもそれには笑っていた。


『不死者退治は旅のついで。

 たまたま魔術が出来たので、成り行き上そうなってしまっただけですよ』


 と。


 ラムセスは腑に落ちた。

 あの押し掛けて来る少女にあれやこれやと甲斐甲斐しく世話をされているのを見ると、頼られると断ることが苦手なんだろうなと思ったからだ。



「…………さい」



 上に毛布代わりに掛けてやっていた上着を整え直してやると、メリクがまた何かを言った。


 うわ言のようだ。



「…………ゆるして……」



 ラムセスはメリクを見下ろした。



「……ゆるしてください……」



 光を映さない、彼の閉じた目尻から涙が零れるのが見えた。





「………………リュティスさま…………」





 ふ、と空気が変わった。

 ラムセスは顔を上げる。


 すぐ側で凄まじい咆哮が上がった。


 震動が近づいて来る。

 一瞬の静けさの後、破壊音が響き、壁が崩れて巨大な青い鱗を纏った竜が現われた。


「おわー。こりゃまたデカいのが出たなあ。

 俺が死ぬときに追い回された奴よりデカいんじゃねーか?」


 ぴゅーん! とすごい勢いで赤蝙蝠が戻って来て、ラムセスの肩口にぼふ! としがみついた。


「おまえなあ。こんな時に変なモン連れて来るなよ……」


 ラムセスはぼやいたがキィキィ言いながら肩を上ると、赤蝙蝠はそのまま帽子の中に飛び込んで出て来なくなった。


「そんなとこに潜り込んだって、お前俺が竜のブレスで消し炭になったら意味ないと思うんだが……」


 やれやれ、と赤毛を掻きながらラムセスは立ち上がる。


 竜は壁に頭を突撃させ、侵入してくるつもりらしく、壁をどんどん衝撃で壊している。


「こういう魔術的に局地化してるところは竜を招きやすい。

 おまけに住み着く奴は環境に順応するのが早い。

 竜は【精霊の亜種】とも言われるほどだからな」

 

 

 ドゴオオオオオン!



 体当たりを受け、壁全体が崩壊した。


「ここの階は天井が高いからなぁ~。デカい奴が住んでそうな気がしたんだよ」


 竜が咆哮を上げた、片耳を押さえて反響を躱したラムセスは深く術衣の袖を探った。


「この子を食うつもりか?

 そんなのダメだぞ……メリクは俺の助手にするつもりなんだから。

 あの散らかった部屋を片付けてもらう予定なのに、お前に食われたらまた助手を一から探さなきゃならん」


 袖の中からラムセスは一つの宝玉を取り出した。

 単なる宝玉ではない。


 ――魔石だ。


「片付け役の助手なんて誰でもいいとか思って適当に雇ってたら、サンゴール時代物は取られるわ研究は盗まれるわ物は動かされるわで非常に煩わしい想いをしたんだ。

 大変なんだからな、従順で賢くて余計なことはしないけどすごい気が利く美人な助手を一からまた探すってのは……」


 竜の身体で最も固いのは鱗、外皮である。

 剣や弓は勿論、魔力を帯びる外皮は魔術も効力を弱める。


 モンスターの中でも竜と呼ばれる種が例外なく最強に分類されるのはこの為だ。


 体内に吸収した毒はかなり有効なので、唯一の対応策は毒の効力のある武器で、瞳、または咥内に決定的な傷を負わせることとされるが、これには技量が必要なので、いずれにせよ並の人間が竜と遭遇した場合は逃げる以外に手立てはない。

 

 しかしラムセスは身を起こして攻撃体勢に入っている竜の前に悠然と立った。



 魔石は強い魔力が宿る。

 魔術師の手によって精錬されたものは、魔法を使えない者が魔法の代わりに使ったりもするが、大概の魔石は魔術師の道具であり、宿る魔力に反発する魔法を魔石に放ち、その反発する精霊の動きを利用して自らの魔法の威力を高める、起爆剤のように使う。


 無論、使い方は戦いだけではなく多種多様だが、戦闘に関してはそんな感じだ。


 竜の外皮は防御力や魔術耐性があるので、魔術で攻撃を与えるためには自分の魔力を高めなければならない。


 しかし己の魔力を完璧に把握しているラムセスは、どんなに高価な魔石の効力を利用した所で、この結界域に住み着いた巨竜を討ち取ることは出来ないとすぐに判断を下した。


 逃げるのも一興だが、動けないメリクが側にいるので今回はその選択肢はない。


 


 ――――つまり、発想を転換するのである。




 ラムセスは魔石を軽く放り投げた。

 そして素早く宙に呪印を描く。

 唇に乗せた呪文は、どの攻撃魔法のものでもなかった。





無音むおんの障壁 構築せよ!】 


        

         【六界ろっかいを結ぶ精霊の咆哮】 



魔言まごんの轍にはしれ!】








――――【異空の呪言エンシャントメイズ】!!――――







 カッ、と白い閃光だけが瞬く。


 魔力の渦を感じたのか、突撃の構えを見せていた竜が一度首をもたげさせる。


 ラムセスの真紅の瞳が一瞬晴青の魔性を帯びて輝いた。


 必要な魔法は一つだが、

 魔術観を真摯に見つめ続けるその双眸には、


 一言すら必要としない。



 ラムセスは指を鳴らした。




 その瞬間、竜が咆哮を上げ、立ち上がった。


 胴と頭部を繋ぐ、竜の胴と頭部を繋ぐ首の辺りが膨れ上がり、爆音とともに内から閃光が吹き出す。


 吹っ飛ばされた頭部は原形を留めていなかったが、胴の半分くらいは残り、

 数秒後、震動を立てて地面に倒れたのだった。



 真紅の魔術師は自分の成果に満足気に腕を組んで大きく頷く。



「どうだ見たか! コイツ自身を異空に消し去ってやってもいいんだが、俺は自分が行ったこともない『異空間』にバンバン化け物を飛ばすほど悪趣味じゃあない。

 は胡散臭い術なんだよ。

 だが利便性はあるから俺は気に入ってる!

 難しいんだぞ。エンシャントメイズをこんなに正確に操って物体を敵の身体の中に転移させるってのは……しかし俺は天才なので例えバット級に小さい奴だろうが1ミリのズレもなく体内に転移させる自信がある!」


 

 にかっ、とラムセスは胸を張って笑った。


「おい、もういなくなったから出て来ていいぞ!」


 帽子に深く隠れた赤蝙蝠に言ったが、中からキュー……。と何故か元気のない声が聞こえて、一向に出て来なかった。


「あっはは! 自分のご主人様があまりに強くて引いたか! 

 それでいいぞ。

 俺様の偉大さが分かったらもう二度と徹夜明けで寝てる所を耳元でキィキィ五月蝿くして餌をねだったり肩の上に留まったままウンコしたり暇つぶしに大切な資料かじったりするなよ!」


 どうだ恐れ入ったかと言わんばかりに思い切り威張ってから、ラムセスは眠っているメリクの側に行って、彼を抱え上げた。



「竜の死体は瘴気を撒く。

 場所、変えないとな」



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