第2話オトスウプ皿
足の甲に青アザをこさえた翌日、残された三割の領地に、さらなる異形が鎮座していた。
我が家で与えられた俺の陣地が、二割へと縮小するのも時間の問題かもしれない。
「……リシア。今度はなんだ。その、見た目だけは高そうな深皿は?」
「よくぞ聞いてくれました、ルディン兄様! これは食事の『時間的コスト』を大幅に削減する、聖域の食器――その名も『オトスウプ皿』よ!」
リシアが掲げたのは、銀縁の美しいスープ皿だ。
しかし、皿の底には何やら不気味な黒い魔石が埋め込まれている。
「貴族の食事って非効率の極みなの。音を立ててはいけない、スプーンの運びは優雅に、一口は小さく……。あんなの、空腹を満たす目的からすれば、ただの『時間泥棒』よ」
「まあ、確かに堅苦しいけどな……。それで、この皿がどう効率的なんだ?」
リシアはふふん、と鼻を鳴らした。
「この皿はね、周囲の音を吸収するの。つまり、どれだけ乱暴にスプーンを動かそうが、ズズッと音を立てて啜ろうが、『音が出ない=マナー違反にならない』というわけ! これならマナーを気にせず、最短で栄養摂取できるわ!」
「それは発想が強引すぎないか? マナーっていうのは所作の良し悪しであって、消音の問題じゃ無いと思うんだが……」
「いいから試してみて。 はい、兄様の分」
目の前に置かれたのは、熱々のオニオンスープ。
妹手作りの料理は今日も美味しそうだ。
試しにスプーンで皿の縁を叩いてみる。
「…………っ!?」
音がない。
金属の打音がするはずなのに、まるで深淵に吸い込まれたかのような無音。
リシアが自分の皿でスープを啜り始めたが、彼女の口元が動いているだけで、ズルズルという音は一切聞こえない。
「(……すげぇ、本当に無音だ。これなら確かに、ガツガツ食っても誰にも文句は言われないな)」
俺もリシアに倣って、遠慮なくスープを口に運んだ。
やはり無音。
もはやこの部屋には誰もいないのでは?と思わせる程の静寂。
(……静かだな)
あまりに静かすぎて、自分の咀嚼音すら恋しくなるほどである。
だが、数分して俺は致命的なことに気づいた。
「(……いや、これ、めちゃくちゃ気まずくないか?)」
何か言おうとして口を開けるが、自分の声が聞こえない。
目の前の妹へ「これ会話もできないぞ!?」と言いたいのに、喉の振動だけが空しく伝わり、言葉は皿の底へと消えていく。
リシアは満足げに、ゴクゴク(勿論無音だ)とスープを飲み干している。
妹ならこの静寂も「無駄な会話がなくて良い」とか考えかねないが、俺はこの静かさが少し辛い。
「(おいリシア! 兄が話しかけてるんだぞ! 無視するな! ……まじで声が出ねぇから!)」
俺は必死に身振り手振りで「音が聞こえない!」と訴えた。
すると彼女は、飲み干した皿の魔石をカチリと操作し、一時的に機能を停止させた。
「……ふぅ。兄様、どうしたの? そんなにバタバタして。マナーがなってないわよ?」
「この皿のせいだろ! これ、食事中の会話が全滅じゃねぇか! 団らんって言葉を知らないのか!?」
「兄様、効率を求めるなら『雑談』という選択肢はありません。食事は栄養を補給する作業。会話は食後のティータイムに、どうしても伝えたい要件があるなら、そもそも食事の前に伝えれば良いでしょう?」
「家族の団らんを雑談扱いしないでくれ。これじゃただの『孤独な早食い大会』だろ!」
俺は、スープ皿を見つめ、昨日の足の痛みとは違う、精神的な疲労を覚えた。
妹が作る魔道具は、いつも何かが、致命的に欠いている。
「さあ兄様、次はメインディッシュの『音消しステーキ皿』のテストよ。ナイフで皿を削る音がしないから、全力で切り刻めるわ!」
「やめろ! 俺はせめて、自分が食べてる音くらい聞きながら飯を食いたいんだ!」
「はしたないって父様に怒られるわ?」
「(俺は実家を継がないから良いんだよ! ……声が聞こえねぇ!?)」
リシアがオトスウプ皿を駆動させた所為で、俺の声は届かない。
ニヤッと口角を上げて、人差し指を唇の前で立てる。
「(だからそれ、やめてくれぇぇぇぇぇぇ!)」
無音の叫びは、自分にすら聞こえない。
今日もまた、俺のささやかな平民生活が、妹の奇天烈アイテムに崩されるのだった。
妹よ、魔道具作りは程々に!〜〜効率厨令嬢の兄は大変です〜〜 ラッキー @rakki
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