妹よ、魔道具作りは程々に!〜〜効率厨令嬢の兄は大変です〜〜
ラッキー
第1話オドリコヒール
―――妹へ。
16歳の誕生日、おめでとう。貴族学校に通うために、日々の勉強を沢山の頑張っていることと思います。6年前、親への反抗心から家出した俺に比べれば、リシアは本当に偉いと思います。だから、もし辛いことがあれば、兄さんはいつだって相談に乗るから、気軽に訪ねてきておいで。
―――
「って、確かに書いたけどさぁ!」
俺の家の隅っこ、薄汚れた床の上に散らばる工具と魔鉱石の山の中で、リシアは目をキラキラさせている。
どうやら彼女の作っている『新商品』が完成したようだった。
その満足げな16歳の少女に対して、大人げ無いかもしれないが、不満を漏らさずにはいられない。
「一応ここは、俺の家なんだが!?」
「なによ。可愛い妹が来てくれて嬉しくないの?」
「毎日来るとは思ってなかったよ!?」
むっとした表情をする我が妹。
「しょうがないじゃない。ここじゃないと製品開発やれないんだから。ルディン兄様の家なら誰にも邪魔されないし、性能実験するのにも最高なのよ」
リシアは「兄の様子を見に行く」という大義名分で、父親の貴族教育から逃れているらしい。
それどころか、貴族教育では絶対に活かす機会の無い便利魔道具の開発を、俺の家でやるようになったのである。
彼女は今どきの少女としては大変珍しく、『魔道具作り』という趣味を持っており、ライフハックは勿論、父親の会社を継ぐにふさわしい企画開発力の持ち主だ。
あとは、兄への配慮があれば完璧だったのだが。
「親父の前だと、趣味ができないのは辛いかもしれんけど、人の家でやらんでも」
「ここなら材料を常に広げて置けるから、めちゃくちゃ効率的なの」
「その結果俺の寝床は日々縮小されてるけどな?」
沢山の開発道具や魔鉱石等の材料が敷布団同様に床へと置かれている。
へたり込むリシアを囲むように置かれるそれらは、本人曰く「ここを『最適化された開発エリア』へと昇華させるの!」らしく、部屋の七割が彼女の領地と化していた。
ちなみに俺の領地については、「残り三割もスペースがあれば、寝るには充分ね」とのことで、尊厳は完全に度外視されている。
自分の家なのに。
俺、お兄さんなのに。
「はぁ……。で、今度はどんな奇天烈魔道具を生み出したんだ?」
リシアは、今日、ついに完成したらしい試作品を、誇らしげに掲げた。
「よくぞ聞いてくれました、ルディン兄様! 見て! これが貴族の非効率工程を根絶やしにする靴。『オドリコヒール』よ!」
それは、いかにも高級そうな光沢を放つ、華奢なハイヒールだ。
しかし、よく見ると踵部分に駆動パーツが組み込まれており、どう見ても普通の靴ではない。
良い言い方をすれば、魔鉱石があしらわれたガラスの靴。
悪く言えば、ごつごつと殺傷能力の高そうな靴状のハンマーである。
「ダ、ダンスシューズ……か? 何というか、ヒール全体が妙にごついぞ。まさかお前、これを履いて舞踏会に行こうってのか?」
貴族教育を断固として受けなかった俺でも分かる。
これは貴族令嬢が履いて良い靴じゃない。
ましてやダンスパーティーなんかへは絶対に履いていっちゃいけない代物だ。
戦慄を覚える俺の言葉に、妹はふふん!と胸を張る。
「聞いて驚いてね! これは社交界において無駄の極致と評される『ダンスレッスン』を完全に消し去るための究極兵器なのよ!」
流石は、父親の遺伝子をもろに受け継いた次期社長令嬢である。
我が子を誇り散らかす親バカの様に、彼女の熱弁はすさまじかった。
「このヒールには、プロ顔負けのダンスステップを記憶させてあるの! つまり、駆動するだけであら不思議。軽やかかつ完璧なステップを決めれるわ! 今までダンスの練習を強いられた人達が、誰でも、簡単に、華麗なダンスを、一瞬で披露できるようになる優れものよ!」
要するに、履いているだけで勝手に踊り出すハイテク下駄、ということらしい。
「ふふふ……、もしこれが本当に流行すれば、夜な夜な無駄に汗を流す貴族令嬢たちの徒労を100%カットできる……。なんて効率的! そしてなんて美しいの!」
リシアは恍惚とした表情で鈍器、もといヒールを抱きしめている。
俺の感性ではそれを「美しい」と感じることはできなかったが、妹の中では無駄の無い完璧な形状なのだろう。
そして、新ガジェットを生み出した妹が、物欲しそうな目で此方を見た。
「ねぇ、兄様? さっそく一緒に踊って欲しいわ」
「おい、リシア! なんだか、お前が自信満々の時ほど、俺の胃がキリキリするんだが……。欠陥とか、何か致命的な注意点があるんじゃないか?」
リシアはニヤリと笑う。
「ええ、もちろん、気を付けたい点はあるわ。相手のステップが下手だと、オドリコヒールが軌道修正する結果、相手の足を全力で踏み抜いてしまうの!」
「大惨事じゃねぇか!? 全力で踏み抜く? そんな事したら、相手の足はただじゃ済まなくないか!?」
「だからルディン兄様! そんな大惨事を未然に防ぐためにも、完璧なステップを誇る私とド素人の兄様が組むことで、この『オドリコヒール』の軌道修正機能の調整が可能となるのよ!」
リシアは安物のスリッパを俺の方へと蹴り飛ばし、『オドリコヒール』は自分で履いている。
此方に渡されたスリッパの耐久性はどう考えても貧弱で、彼女が履く凶器に比べたら紙の鎧に等しい。
妹は俺の答えを待たずに、スカートのポケットから音楽を流す。
「……ワルツ!?」
もう戦いは始まっている様だった。
「さあ、兄様。この『有意義なワルツ』を楽しみましょう! 『オドリコヒール』、駆動!」
リシアの細い足首に装着された「オドリコヒール」が、キュイィン……と恐ろしい駆動音を上げた。
「待て! 俺は生まれてこの方、ダンスなんてしたことないぞ! やめろ、リシア、本当に潰される! 歩けなくなっちまう! 俺の足まで破壊する気かー!」
直後、妹の手に引っ張られる形で俺の足が、意思とは無関係に、床の上を滑り始める。
「ほら、兄様! 優雅に、美しく、正確に! 私の完璧なリードについてきて!」
「ま、まて!?」
「どんどんいくよ!」
「おい! おいおいおい!?」
「……あ」
その日、一人暮らしのはずの男の借家から、悲痛な叫びが響いてきたという……。
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