第9話 不食の救済

俺たちは、巨大生物の食道となり逆流する波のような力で押し戻されていた。

周囲の壁は、粘液と腐敗した肉で脈動している。


(ラーメン屋台の出現は、このフロアの解決と見なされた。

それに対処するため、消化酵素の巨人を俺の【聖なる肉片】で食わせた。

その結果、解決(巨人の消滅)が起こり、次の異常は、この生物の「体外への排出」だ)


エリアが、必死の形相で俺の服の袖を掴んでいる。

「どういうこと!? ラーメン屋台が、なんで消えたのよ!? あの女の人が、私たちを外に出してくれたの!?」


通路全体を、内臓が蠕動(ぜんどう)する「グチュグチュ」という湿った音が満たしている。

俺の言葉は、この不快な雑音によって、エリアに正確に伝わらない。


「落ち着け! 俺が……!」

「何をよ!? まだ私に隠し事があるの!? あなた、私の全てを奪うつもりなんでしょ!」


エリアの頭上に、予言の文字が再び浮かび上がった。

『警告:彼を愛すれば、貴方は彼にとって無価値になる』


(愛...? 愛とは無価値なのか? いや、俺のスキルは「自分以外」にしか発動しない。

つまり、俺が彼女を「自分と同等」と見なす、あるいは「愛する」ことは、

彼女からスキルによる絶対防御という「価値」を奪うことになる。

やはり、この世界は愛を許さない)


俺はエリアの手を振り払った。

「離れろ! 俺を信用するな!」


その瞬間、頭上への逆流が止まった。

俺たちは、上階へと続く巨大な「噴出口」の真下に到達した。

ここが、この巨大生物の体外への出口、すなわち「口」か、あるいは「排泄口」だろう。

そして、噴出口の真上、出口の境界線に、あのラーメン屋台の女が再び立っていた。

割烹着姿の女は、丼を一つ、静かに持っている。


「お帰りなさいませ。この一杯で、皆様のご活躍は『無かったこと』になります」

屋台の女は微笑んだ。その丼の中のスープは、熱い湯気を立てていた。


(あ、あれが、俺の求めた背脂マシマシの豚骨ラーメンだ……。

なぜだ。なぜ、食おうとすると、すべてが無かったことになるんだ?)


俺は、最後の絶望的な選択を迫られた。

1. ラーメンを食べる → すべてが無かったことになり、この世界に囚われ続ける。

2. ラーメンを破壊する → スケールアップし、無限に続く異常に突入する(永遠に終われない)。

3. ラーメンを放置する → 噴出口から脱出するが、女に追われる、あるいは女が次の異常となる。


俺は、ラーメンに手を伸ばしかけたエリアの手を掴み、強く引き戻した。

「食うな! あれを食うと、お前の存在も消える!」


ラーメン屋台の女が、スッと丼を床に置いた。

「では、どちらも召し上がらないのですね。ご決断、承知いたしました」

女が、背後にある噴出口の天井を見上げた。


「お客様の退出、不許可です」

出口が、ゴゴゴ……という音と共に、ゆっくりと閉じ始めた。

(この結末は許容できない。俺は、この世界の不条理を止めたいんだ)

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