第6話 雑音の協奏曲
胃酸混合攪拌ドリルが、開いた穴から猛烈な勢いで迫ってくる。
「まずい!」
俺は間一髪でその穴から飛び退いた。ドリルが岩盤を破砕し、通路全体に、
耳をつんざくような甲高い破砕音を撒き散らした。
このドリルが生み出した「雑音」は、単なる騒音ではなかった。
通路の先から、エリアが戻ってくるのが見えた。
彼女はドリルが岩盤を貫通した音を聞きつけ、この場所が危険だと判断したのだろう。
「何が起こったの!? これ、あっちの通路で……」
エリアが叫ぶ。俺は彼女に状況を説明しようと、叫び返した。
「落ち着け! あれは、お前が解決した異常がスケールアップしたんだ! 俺のスキルで——」
俺が「俺のスキル」という情報を伝えようとした瞬間、ドリルは通路の天井を削り始め、「キィイイイイイ!」という、耐え難い金属摩擦音が発生した。
(やはりそうだ。理詰めの情報交換をしようとすると、必ずこのダンジョンは雑音でそれを阻害する。
この雑音は、「思考停止」を強制するシステムだ)
「何よ!? 聞こえないわよ! あなた、何を隠してるの!?」
エリアもまた、音の中で叫び返す。理性的な議論は成立しない。
お互いの言葉は、このドリルが生み出す雑音の前に、ただの感情的な「ノイズ」に成り下がった。
エリアの頭上に、新たな文字が浮かび上がる。
『警告:この男は、貴方の弱点を知っている』
(俺のスキルが「攻撃」に使えたことを知れば、俺を自分の盾ではなく、
危険な武器だと認識するだろう。予言が、俺の「秘密」を守ってくれている)
俺は、ドリルをかわしながら、再び瓦礫を手に取った。
「いいか、エリア! この通路の奥へ行くぞ! お前は、あのドリルに向かって……」
俺は叫びながら、ドリルを指さした。もちろん、ドリルに向かわせるわけではない。
「何をするのよ!? ドリルに突っ込めっていうの!? あなたは頭がおかしいわ!」
エリアは恐怖と怒りに駆られて、俺の指示とは真逆の方向、ドリルから一番遠い通路の隅へと逃げ出した。
(俺は正しい指示を出した。だが、雑音によってそれは「狂った指示」に変換された。
俺のせいじゃない。俺はただ、生きるための理性を働かせただけだ)
俺は、光に守られた瓦礫を一つ、彼女が逃げた通路の壁に向かって投擲した。
ゴッ!という音と共に、壁に開いた穴から、新たな通路が見える。
「そこだ! 逃げろ!」
俺は自分の身体を岩盤の穴から引き抜き、ドリルが迫る手前で、その新たな通路へと滑り込んだ。
エリアは、俺が指示したドリルとは真逆の方向へ逃げた結果、安全な脱出路を見つけた。
この空間で生き残るには、理性的な指示ではなく、雑音による狂気と不信が必要なのだ。
ドリルが俺たちのいた空間を完全に破砕し、すべてを溶解させ始める。
新しい通路は、まるで巨大な血管のように、両脇から脈動していた。
そのとき、俺の身体に激しい疲労感が押し寄せた。スキルを連続使用した反動か、あるいは火傷のせいか。
俺はパイプの壁に寄りかかり、再び絶望的な感覚に襲われる。
(くそ、ここでこんなことを考えるなんて。さっきのラーメンは醤油ベースだったが、豚骨もいいな。
特に、替え玉を頼んだときに、紅生姜をたっぷりのせて、二杯目を食べるときのあの瞬間。
あの喜びのために、俺はまだ死ねない)
その思考の逃避が、俺に微かな活力を与えた。
俺たちは、ドリルによる雑音から逃れ、次の階層へと向かう。
『追記:彼女は、貴方を連れていくことを選んだ。彼女には、貴方が必要なのだ』
(俺は利用される限り、この地獄で生き続ける)
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