第4話 不信の証明と逃走経路
「走れ!」
俺はエリアの手を乱暴に掴み、目の前の巨大なパイプ状の通路へ飛び込んだ。
背後からは、免疫騎士団(白血球)の、硬質な装甲が擦れ合う音が響いてくる。
俺たちの目標は下層だ。ダンジョンが巨大生物の体内だと仮定するなら、
深部に行くほど重要な器官、あるいは排泄経路に繋がっているはずだ。
(騎士団の速力は、全力疾走の人間とほぼ互角。距離を離せない。
消耗戦になれば、俺の火傷と彼女の裏切り予言で詰む)
エリアは必死に走っている。その表情は恐怖で歪んでいるが、
その顔の下では、何が計算されているか、俺にはわからない。
俺の頭上を、絶えず赤い文字が流れ続けている。
今は予言ではなく、エリアの潜在意識が、俺のスキルをどう利用するかという「思惑」を映し出しているようだった。
『...左に曲がる、彼を壁にぶつけて時間を稼ぐ、加護は自動で発動する』
(やはり裏切る気か。だが、彼女の行動が予測できるなら、それは利用できる)
通路がT字路に差し掛かった。エリアは躊躇なく左へ曲がるコースを選んだ。
そして、予言通りに、その小さな体で俺を強く突き飛ばした。
俺の体は勢いよく壁に叩きつけられ、激痛が走る。
だが、その瞬間、俺のスキル【聖域の加護】が自動で発動し、衝突の衝撃をエリアだけが完全に無効化した。
彼女は一切減速することなく左の通路へ走り抜けたが、俺は壁に激突して体勢を崩した。
「エリア! てめえ!」
怒鳴ると、エリアは振り返り、涙ぐんだ顔で言った。
「ごめんなさい! でも、壁に激突した方が、免疫騎士団の注意を引けると思ったから!」
(ああ、なるほど。これが彼女のやり方か。
裏切りを正当化するために、俺を助けたという建前を用意する。ずるい女だ)
彼女の言葉が真実かどうかは重要ではない。
重要なのは、俺のスキルが、彼女の裏切り行為を結果的に「安全な戦術」に変えてしまったという事実だ。
「...チッ」
俺は血の味を噛み締めながら立ち上がり、彼女が去った通路とは逆の、右側の通路へと走り出した。
左へ曲がる騎士団の足音と、
『追記:予言は達成された。彼女は現在、貴方の死を願っている』
という新たな文字の洪水を背中に受けながら。
(エリアが左に行った。騎士団も左に行った。俺は無関係だ。
これが一番生き残る確率が高い。彼女といると、予言が煩わしすぎる)
右の通路を進むと、すぐに大きな岩盤に突き当たった。行き止まりだ。
絶望的な状況だ。
そのとき、俺の脳裏に、突然、別の思考が割り込んできた。
(ああ、そういえば、地元の駅前にあったあのラーメン屋、限定の背脂マシマシを結局一度も食えなかったな。
あんな脂っこいものを、なんでこの期に及んで...)
煮干しの香りと背脂の甘い味が、酸と死骸の臭いに満ちたこの暗い通路の中で、鮮明に脳内再生される。
この思考の逃避が、俺の狂気を食い止める、唯一のセーフティネットなのだろうか。
その美食の思考が、ふと、岩盤の違和感に気づかせた。
岩盤の隅に、他の場所と比べてごくわずかに色の薄い部分があった。
それは、「隠された扉」か、あるいは、「巨大生物の胃潰瘍」の跡だろう。
(ここを壊すしかない。だが、素手では無理だ。エリアの火魔法はもう使えない)
絶望的な状況。しかし、騎士団の足音は遠ざかっている。チャンスは一瞬。
俺は、意を決して、岩盤に触れた。
そして、エリアが裏切りのために置いていった、彼女の予言がまだ残っている左の通路を、強く意識した。
(俺はラーメンが食いたい。だから、生きる)
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