第3話 拒絶反応と免疫機構
「ぐああっ!」
俺の右腕に酸が触れ、皮膚が焼け落ちる激痛が走った。
思考する余裕はない。俺は反射的に、自分以外を守る最強の盾を発動した。
「【聖域の加護】!」
黄金の光膜がエリアを包み込む。降り注ぐ強酸の雨は、彼女の髪一本焦がすことなく、光の表面で弾かれていく。
だが、俺は無防備だ。
(諦めだ。俺はここで溶けて死ぬ。彼女だけが無傷で、この胃袋の中で永遠に輝き続ける遺物になるんだ)
その時、エリアが動いた。
彼女は光に守られた手を伸ばし、ドロドロに溶けかけた俺の襟首を掴むと、強引に自分の懐――
【聖域】の光の内側ギリギリの空間――へと引き寄せたのだ。
「入って! 離れないで!」
俺の顔が彼女の胸元に埋まる。そこは、酸の雨が届かない唯一の死角だった。
(彼女は、俺を助けてくれたのか? 自分だけ助かることもできたのに、わざわざ危険を冒して)
俺が抱いた淡い希望を嘲笑うように、予言が眼前に明滅した。
『警告:彼女は貴方を「遮熱材」として利用している』
(遮熱材? どういうことだ。俺はカイロか何かか?)
直後、その意味を理解する暇もなく、巨大な胃袋が完全に収縮し、俺たちを物理的に押し潰しにかかった。
グシャアアアッ!
肉壁が迫る。だが、そこには「物理干渉を完全に遮断する」最強の異物が存在していた。
俺のスキルで無敵化したエリアだ。
巨大生物の胃袋は、絶対に壊れない「種」を噛み砕こうとして、逆に自らの内壁をズタズタに引き裂いた。
ブチブチと繊維が千切れる音が響き、俺たちの周囲で肉壁が破裂する。
「きゃああああっ!」
エリアの悲鳴と共に、俺たちは裂け目から外へと吐き出された。
大量の胃液と汚物と共に、俺たちは暗い空洞を落下していく。
(助かった。胃袋を破壊して脱出したんだ。俺のスキルと、敵の馬鹿力が生んだ奇跡だ)
俺たちは、下の階層――何かの巨大なパイプの上のような場所――に叩きつけられた。
「はあ、はあ……助かった……の?」
エリアが光の中で息を整えている。俺は全身火傷の激痛に耐えながら、周囲を見渡した。
胃袋からの脱出。この「問題解決」を、ダンジョンが見逃すはずがない。
ウゥゥゥゥゥゥン……!!
ダンジョン全体に、不快なサイレンのような音が響き渡った。
(俺じゃない。胃袋が勝手に破裂したんだ。俺たちは何も悪くない)
だが、世界は許さなかった。俺たちが胃袋を突き破ったことで、
この巨大なダンジョン生物は、体内に「悪質なウイルス」**が侵入したと認識したのだ。
壁面が波打ち、無数のハッチが開いた。
そこから溢れ出してきたのは、先ほどの甲虫など比較にならない、純白の鎧を纏った人型の騎士たちだった。
彼らは武器を持っていない。その両腕が、巨大な注射器のような鋭利なスパイクになっている。
(白血球だ。このダンジョンの免疫システムが作動した。サイズは3メートル。数は……数万?)
騎士たちは一糸乱れぬ動きでこちらを向き、機械的な声を上げた。
《排除。排除。排除。》
ただの「捕食」から、「組織的な殲滅戦」へとスケールアップしていた。
「え……なにこれ……騎士?」
エリアが震えながら、俺の背中に隠れるようにしがみついてきた。
『追記:彼女は、貴方を囮にして逃走ルートを探している』
赤い文字が、俺の視界を埋め尽くす白い絶望の上に重なった。
「エリア、逃げるぞ。俺が合図したら走れ」
「う、うん! どこへ!?」
「下だ。もっと奥へ潜るしかない」
俺は、迫りくる白血球の騎士団を見据えながら、まだ使えるかどうかわからない右腕を握りしめた。
(まだ死ねない。俺はまだ、まともな飯を一回も食ってないんだ)
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