第4話 



「こーいち。はい、これお前にやるよ」


 ドン、と俺の机の上に大量のプロテインが並べられる。


「朝っぱらから騒がしいな。なんだこれ」


「なにって、これはプロテインだよ。お前めちゃくちゃ強いじゃん」


 友人の佐藤はあの件以降、俺のことをめちゃくちゃからかってくる。


「はい、チーズ」


「はいはい」


 佐藤は俺と机の上に並べられたプロテインの写真を撮って満足そうな顔をする。


「結局、お前はなにがしたいんだ?」


「こーいち君は日課のプロテインを大量摂取中、と」


「それ、言うほど面白いか?」


「こんなのノリと勢いなんだって。もしかして、これで俺もバズっちゃったりして」


 ニヤニヤとスマホを操作する佐藤。バズるってことがそんなに嬉しいのだろうか。その感覚は俺にはあまりわからない。


「三鷹くん。少しいいですか?」


 立川が圧をかけてじりじりと近づいてきた。


「え、ああ」


 いつものひとけのない場所に連れてこられると、立川はいきなり俺に向かって壁ドンをする。


「本当に、そういうの軽率すぎません?」


「立川。それは壁ドンになってないだろ」


 俺の身長が高くて立川が壁ドンすると俺のへそしか見えてない。


「三鷹くんは無駄に身長がありますからね」


 コホンと咳払いをすると、彼女は俺からゆっくり離れた。


「三鷹くんはご自分の立場をお分かりですか?」


「え、ああ、いや、どうだろうか」


「私は悪意のある人からの報復が怖いから、貴方にボディーガードを頼みました。それなのにあんなに簡単に写真を撮らせてしまって。危機感とかないんですか?」


「別に撮影するのは友だちなんだし、写真くらい構わないだろ」


「あー、もう、わかりました。とりあえず昨今のインターネット事情についてお勉強しましょうね!」


「は、はい」


 ◇


 俺は昼休み、最上階の踊り場で立川からネット世界のレクチャーを受けることになった。


 イヤホンを片方ずつシェアしながら、スマホの画面を覗き込む。


「それで、どれだけまずいことになっているか理解できましたか?」


「笑えないくらい怖い話だな」


 俺が見せられたのはホラーよりも怖い、リアルホラー動画だった。


 たった一枚の写真から住所と名前を特定され、そこから匿名掲示板の過去の書き込みまで発掘される。結果その人の人生が破綻してしまうというトンデモストーリーであった。


「いいですか三鷹くん。世界にはこんな特定班と呼ばれる人たちがゴロゴロしているのです」


 腕組みしながら、立川は得意げに語る。


「でも俺たち、例の件で高校名からなにから全部バレてるんだし、今更じゃないか?」


「まあそうではあるんですけど。知らないよりは知っていてほしかったので。それに私のボディーガードさんなんですから、それくらい知っていて当然ですよ」


「……なんか立川、この状況を楽しんでないか?」


「そ、それは気のせいですよ! ほら、気分を変えて! あっ、これとか。オススメに出てきましたね」


 たどたどしく俺を誘導する立川。


「これは?」


「あー、うん。これって歌ってみたって奴じゃないですかね。試しに聴いてみましょうか」


「歌ってみた?」


「他の人の曲をカバーして歌っている動画、みたいな感じかなと」


「へぇ、そうなのか」


 再生してみる。この曲は俺でも知ってる歌だ。確か年末の歌番組で聞いたアレだな。


 タイトルは出てこないけれどメロディはわかる。


 アーティスト名はナツノレイとある。俺はしばらくその曲を聴き入っていた。


「ど、どうでしたか?」


「綺麗な歌声だな。とても聴きやすいし、こんなに上手いのに素人ってのが信じられないな」


 でもこの声、どこかで聞いたことがあるような気もするのだ。


 それにアーティスト名がナツノレイねぇ。なにより、急にこれを勧めてくる立川はおかしい。


「へへ、そうですか。それはそれは、うんうん」


 しかもまんざらでもない様子の立川。


 俺はネットの物事には疎いが、それ以外のことに対してはそこまで鈍感ではない。


「これもしかして、立川が歌っているのか? 俺に歌を聴かせて感想が欲しかったとか」


「い、いえいえいえ、違いますよ。そんなわけないじゃないですか!」


 立川は図星だったようだ。


「でもすげえな、自分でこんなものを作れてしまうなんて。マジでプロみたいだ」


「へへ、そうですかね。あっ、だから違いますよ。私はナツノレイさんのファンってだけです」


「人気なのか、ナツノレイさんは?」


「……全然まだまだなんです。再生回数も100回を超えたことがないですし。反響もイマイチというか見られていないというか」


「それこそバズったら嬉しいってやつか」


「はい。いつかそうなればいいなって、頑張っています」


「俺の隣にいるのはもしかして、そのご本人だったり?」


「まーったく違いますからね。勘違いも甚だしいですよ」


 ふふ、とお互い笑い合う。


 だがそんな穏やかな雰囲気を切り裂くように、俺の携帯電話が鳴った。


「ん、オヤジからだ」


 俺は通話ボタンを押して、耳に当てる。


『もしもし、急になに?』


『晃一、お前なにをした?』


 あのオヤジがひどく切迫していた。


『は? どういうことだよ』


『単刀直入に言う。お前と麗奈さんの事件の詳細が世間にバレてしまっている、しかもデマ付きでな』


『どういうことだ?』


「み、三鷹くん、コレです。大変なことになってますよ」


 青ざめた顔の立川からスマホを見せてもらう。


 俺はあまりの衝撃に、顔を引き攣らせるしかなかった。


 さっき佐藤が撮った机の上に並べられたプロテインと俺の画像。それと一緒にこんな文章が綴られていたのだ。


 彼の名前は三鷹晃一。

 人気配信者ミリくんの企画を邪魔して、穏やかに説明をしにきたミリくんと揉み合いになり、肋骨を折った過剰防衛の張本人。

 警察はこの事実をひた隠しにしている。

 なぜなら彼は警視総監の息子だから。

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