第3話

 ◇

 ここは閑静な高級住宅街。

 時々すれ違うサラリーマンはビシッとしたスーツ姿で、高価そうな時計を身につけている。

 俺は目的の家に着くとインターホンを鳴らす。

 すると重々しい高級そうな扉がゆっくり開く。


「ふわぁー、三鷹くん。おはようございます」


 立川はほわほわしながら家の中から出てくる。


「立川、おはよう。今日は変わりはないか?」


「ええ。すごく元気です。では今日もよろしくお願いします」


 今日の立川は機嫌がよさそうで安心する。なにせ昨日までの彼女は見るからに落ち込んでいたからな。

 あの件以降、俺と立川の関係がこんなふうになるとは思ってもみなかった。


 ◇


 警察での取り調べ後、両親が迎えに来てくれたのだが車内で重々しい雰囲気になる。

 なにせ仕事終わりのオヤジの運転だからである。まあオヤジも現役の警察官として、今回の一件、なにか思うところもあるのだろう。


「双方の家族と協力のもと、今後の対応に一通り話はついた。晃一、お前は立川さんの娘さんと毎朝登校してやりなさい」


「は? いやいや本当に急すぎるだろ。なんで俺なんだよ。それなら向こうのご家族が付き添ってあげればいいだけだろ」


「もー、お父さん言ってやって」


 助手席に乗った母はめんどくさそうな声のトーンで話す。


「SNSの投稿がきっかけで君たち二人の顔は完全に広まってしまった。しかも例の配信者のミリとやらのファンはカルト的人気を博している。よってそこから二次被害も想定される。警察としては事件が起きるまでは民事不介入が原則だ。親御さんの仕事もある以上、娘さんに付きっきりにはなれない。だから現時点で立川さんの娘さんを守れるのはお前しかいないんだ」


 強面の割にオヤジは理路整然と話す。そしてバックミラー越しにギラリと俺を睨みつけてくる。


「あー、わかったよ」

 あんなおっかない顔されたら断れないだろ。


「この話はここの中で収めてほしい。私の部下が仕入れてくれた情報によると、逮捕されても尚、奴は君たちを強く恨んでいるようだ。晃一、立川さんの娘さんをよろしく頼むぞ」


「ん、わかったよ」


 オヤジの本気トーンで状況を察した。

 変なヤツらに恨まれているのも厄介だが、一番は立川の身が危ないだろうということだ。


「本当ならお父さんが直接とっちめたいところでしょうけれど、家族の事件には介入できないのよね」

 母さんは淡々と話す。


「晃一が警察官の息子という情報まで外部では知られていてな。つくづくSNSという力には驚かされる」


「誰が流してるんだそれ。なんの得もないのに」


「そんなのただの承認欲求でしょ。それはそれとして、アンタ。いざとなったら麗奈ちゃんを助けてやんなさい。あんなに可愛い女の子なんだから、傷一つつけさせるんじゃないよ」

 母さんは俺に強く圧をかける。


「それにー、向こうの親御さんはアンタのことかなり評価してくれているみたいだしー、ワンチャンあるんじゃない?」


 母さんは楽観的に物を言う。そんなことないだろうに。


「晃一」


 オヤジが俺の名前を呼ぶ。


「なんだまだなにかあるのかオヤジ?」


「よくやった」


 オヤジは人生で初めてといってもいいだろう。

 俺のことをそう褒めた。


 ◇


 そういうわけで俺は立川のボディーガード役にめでたく就任してしまった。

 最初はクラスメートからに冷やかされたが、数日も経てば周りも自分も慣れるものだ。


「立川。今日は随分と機嫌が良さそうだな」


「ふふふ、三鷹くん。なぜか聞きたいですか?」

 コホンとわざと咳払いし、頬を染める。


「実はですね」


「実は?」


「新しくパソコンを買ってもらいました。傷ついているだろうから、好きなものを買いなさいって言ってくれたんです。本当にラッキーです」


「そ、それはよかったな」


 俺は思わず苦笑いする。

 そんな都合のいい恋愛展開になんかなるわけがないだろ、現実なんてこんなものである。

 ボディーガードなんてあまり気が乗らないのが本音。だが立川とできる限りは協力すると約束をしたからな。

 あの件が収まるまでは俺が側にいようと思う。


「立川、車が通って危ないから内側に寄るんだ」

 それはそれとしてなぜか立川ふらふら歩く。危なっかしくてありゃしない。


「ありがとうございます」


 当の本人はやはり、ほわほわしている。なんというか危機感がないのは見て分かる。

 これは親御さんも心配するわけだ。


「電車酔いは大丈夫か? 鞄を持つから俺に貸してくれ」


 立川が毎回満員電車に酔うのはいつものこと。これまでよく一人で通学していたなと思う。この状態のときは、俺が彼女のスクールバックを代わりに持つのも当たり前になってきている。


「ほい。これ飲んで一旦休憩を取るぞ」


 事前に買っておいたペットボトルの水を差し出すと、なぜか無言で俺を見つめる。


「ん、なんだ立川。もしかしてまだ気持ち悪いのか?」


「いえいえ、なんでもありません。……いつかでっかく返しますから待っていてくださいね」


 彼女はどこか遠くをみながら呟く。

 この前もよくわからないことを言っていたが、なにか意図があるのだろうが俺には真意がわからん。


「いい加減俺にもわかるように説明してくれ」


「……それはまだ内緒なんです。いつもありがとうございます、そしてよろしくお願いします。私のボディーガードさん」


 立川はイタズラっぽく無邪気に微笑んだ。

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