第2話
開示請求とはなにか。
簡単に言えば相手の情報を得て、そこから慰謝料請求や刑事告訴に踏み切るための前段階らしい。
「つまるところ、立川は相手のことを知りたいってことなんだな」
「そうです。だから私一人よりも、三鷹くんと協力して訴えれば開示請求も通ると思うんです」
立川は俺の手をギュッと握る。
実際今回の一件があったとて、俺自身が特別困っているわけではない。しかし立川が困っているというのならば話は別である。
「わかった。俺もできる限り立川に協力するよ」
「ありがとうございます!」
心の底から漏れ出たような声を出す立川。
彼女はそのまま、嬉しそうに俺の手をぶんぶん振り回す。
「……あの、そろそろ離してもらってもいいか?」
「あっ、すいません。ついうっかり」
たはは、と笑いようやく手を離してくれた。
「では放課後にさっそく対策を練ります。お時間いただけますか」
「ああ、了解」
俺はグーサインで快諾した。
◇
そんなこんなで放課後になり、俺と立川は最寄り駅の近くにあるファミレスに向かう。正直なにを話したらいいのか分からず無言で歩く。
この時間が気まずくて仕方がない。
「おい。やっと見つけたぞあんときのガキ二人」
聞き覚えのある声の主が俺たちを呼び止める。
「ひっ」
立川はそれを目で捉えるやいなや硬直する。
「もしかしてあんたこの前立川に絡んでいたやつか?」
「ああ、そうだ。まさか先週のことをもう忘れたわけじゃねえよな。お前の、お前らのせいで人生が無茶苦茶なんだよ」
男は俺に向かってじりじりと詰め寄ってくる。
そのため俺は咄嗟に身構え、立川を背に庇う。
「チャンネルの収益は剥がされて、今日は永久BAN処分を食らっちまった。お前さえ、お前さえ邪魔しなければ、こんなことにはならなかったんだ」
まずいな。こいつが大声で騒いでいるせいで、ギャラリーが集まりだした。この前もこんな感じだったし、どこかデジャヴを感じる。
「今回の一件は仕込みでした、あのチャンネルのアカウントと収益を元に戻してくださいって絶対に言えよ。そしたら諸々許してやるよ、いいか絶対やれよ」
彼は笑っているが、汗をダラダラとかいている。
人が壊れる一歩手前とはこういう状態を指すのかもしれない。
「もし嫌だといったら?」
「舐めんなやクソガキ。俺のバックについてる奴らは怖いぞ」
彼の落ち着きのない様子や口振りからしてもハッタリだとすぐにわかる。だが立川がヤツのせいで完全に萎縮している。
「あ、あの、その」
恐怖で顔を引き攣らせながら後ずさりする立川。
「立川。悪いのはこの人だし、そんなに気にする必要はない。正当性は俺たちにあるんだろ?」
「あ?」
その言葉に逆上した男が殴りかかってくる。
俺は奴の殺意のこもった大振りの拳を、寸前で回避した。
そして勢い余って突っ込んできた上半身めがけてカウンターの肘鉄を一発。みぞおち付近に綺麗に叩き込むことに成功した。
「!?」
男は声にならない声を上げ、その場にうずくまった。
「なあ、立川。開示請求とかいうのをやる前に、本人からこっちに来てくれてよかったな。なんならこっちのほうが早いだろ」
「えっ、あっ、そ、そうですね。あれじゃあ開示請求とか、えっと。どうなるんだろう」
まあ無理もないか。立川は動揺し感情が追いついていない様子である。
「大丈夫ですかーー!」
騒ぎを聞きつけ駆けつけてきた警備員さんによって、その男は迅速に取り押さえられた。
◇
ハッピーエンドと簡単には幕は降りず、警察もきて大騒動に発展してしまった。立川が先ほどスマホを見せてくれたのだが、どうやら全国ニュースにもなっていて大騒ぎらしい。
そして今は学校近くの警察署。俺たちの取り調べも一旦終わった。そのため今は警察と双方の両親が、今後のことを話し合っている。
なので俺たちはひとまず待機しているのだ。
「……かなり大事になっちゃいましたね」
「まさか犯人が俺たちへ復讐をしに、ここまで来るとは思わなかったよ」
俺はため息をつく。
「やっぱり生身の人間が一番怖いです。三鷹くんみたいに体格に恵まれていて、特別強ければ別でしょうけど」
「いや、どうだろうな。俺も段々と怖くなってきたんだ。人の悪意というものを心底舐めていたって反省したよ」
警察の人から聞いたのだが、犯人は護身用にサバイバルナイフを所持していたようだ。
どんなに体格が良かろうが、武術の達人だろうが、不意打ちの刃物には勝てない。アニメやマンガの世界ならどうにかなるかもしれないが、リアルはそうはいかない。
今回はなんとかなったが、結果が違えば二人とも刺し殺されてしまう。そんなバッドエンドな未来もあったかもしれない。
そう思うと、たまらなくぞっとするのだ。敵を制圧し調子に乗っていた俺は、冷水を浴びせられた気分になる。
「……こんな形でバズりたくなかったな」
「立川?」
「あ、いや、なんでもありません。なんでもありませんから」
立川は取り繕うように笑った。しかしその言葉はどこか意味深に思えた。
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