第2話

 俺は身支度を整え、異世界の門と呼ばれる装置に向かった。高さ二メートルほどの白い門だ。門のすぐ横にはディスプレイがあり、そこに目的地となる異世界の登録番号を入力する。すると門の中心が光りだした。その光に向かって進むと、周囲がぐにゃりと歪み、浮遊したような感覚になる。


 まもなく、歪んでいた世界が正常に戻った。

 辺りを見回してみると、俺は荒野に佇んでいた。

 スーツの胸に取りつけてある鑑定士バッジに触れる。瞬間、身につけていた服が変化した。麻の服に、毛皮のマントを羽織っている。この世界における旅人の見た目らしい。調査の際は、現地人に目撃されても問題ないように変装するのだ。


 このバッジは、資格試験に合格した際に配布されるものである。見た目は片眼鏡を象ったものだ。異世界鑑定士を証明する記章であり、調査の際に必要な様々な機能を備えている。これに触れながら念じることで、異能力を使うことができる。


 改めて鑑定士バッジに触れ、異世界鑑定眼を発動する。

 持参してきたタブレットの画面に、『鑑定結果を表示します』という文字列が現れ、情報が列記されていった。


○異世界の元ネタ

 乙女ゲーム エスダロンの誓い 原作一致率15%


○文明レベル

 中世


○異能力の有無

 あり ゲーム内ではスキルと表現される

 神託というイベントでスキルを授かり、その結果により格差が生まれる


○気候

 現代の人間界に準ずる


○種族

 人間、エルフ、ハーフエルフ、ドワーフを確認


○魔物の存在

 あり


○治安

 地域格差あり


○世界の危険度

 中~高


○転生者の扱い

 異世界からの転生者という概念なし


○転生先の候補

 モカ・シュライバ 十四歳 女性 抵抗率20%


(どうやらこの異世界は、乙女ゲームが元ネタの世界らしい)


 ただ、原作ゲームとまったく同じ世界かというとそうではない。

 それは「原作一致率15%」という数値に現れている。


 なぜ現実の異世界は、元ネタとかけ離れてしまうのか。

 ゲームに限った話ではないが、原作では、世界の隅から隅の地形、気候、風景、存在する人間の名前、性別、性格、世界の構造、宗教、文化的背景、歴史……挙げたらきりがないが、世界のすべてが描写されているわけではない。


 そんな作品の異世界が現実に生まれると、描かれなかった部分が自動的に補完される仕組みとなっている。すると原作になかった国、土地、人物、環境などが出現することになり、必然、元ネタの世界からズレることになるのだ。そのズレ具合が、原作一致率という数値に現れる。


(原作一致率が低いと、転生者に原作知識があったとしても、その知識をあまり活かせなくなる。そうなると転生後の死亡率が高くなってしまう)


 ただ、希望はある。

 原作一致率が低いのは、悪い点ばかりではない。原作にはなかった要素の出現により、転生先の周辺環境も変化する。その変化次第では、世界に好影響を及ぼすこともありうるからだ。

 原作一致率という数値だけでは測れない要素を、しっかりと調査すること。これが、異世界鑑定士の仕事の一つでもあるのだ。


 俺はまず、周辺の魔物について調査を始めた。

 異世界鑑定眼により、魔物の存在は確認されているが、実際にどんな魔物がどこにいて、どれほどの脅威があるかはわからない。

 世界の危険度が『中~高』というのも、この世界の平均を表しているに過ぎず、具体的な情報を調べる必要がある。


 改めて異世界鑑定眼を発動し、「索敵モード」と口にする。

 するとタブレットの画面に、周辺の地図が表示された。地図上では赤い点が明滅しており、それが魔物の位置を示している。


 現地に赴くと、鷲の頭とライオンの胴体を持つ魔物、グリフォンがいた。

 全長は四メートルほどで、その巨体を大儀そうに動かし、こちらを見てくる。

 鋭い鷲の目が俺を捉えると、天を裂くような叫声を上げた。前脚はかぎ爪となっており、それで地面を掻き鳴らす。前傾姿勢となり、今にも飛びかかってきそうだ。


 タブレットを見ると、眼前の敵について、『現地人がもっとも恐れる魔物』と解説されていた。


(ここは転生先の候補の住み処から、さほど離れていない。転生者の異能力次第では、遭遇したら殺される可能性大だな)


 転生者の死亡リスクを考えると、世界の危険度は『高』とするのが妥当かもしれない。

 俺が思考を巡らせていると、グリフォンのけたたましい鳴き声が響き渡った。

 まずは目の前のことに集中しよう。


 グリフォンは、胴体の背にある羽根を羽ばたかせ、宙に舞った。そしてこちらに向かって滑空してくる。

 俺は右手で鑑定士バッジに触れ、左手をグリフォンに向けた。


「止まれ」


 口にした瞬間、迫りくるグリフォンの動きがピタリと止まった。

 グリフォンは攻撃の姿勢のまま、空中で停止している。


 異世界鑑定士は、その世界で安全に調査・鑑定できるように、神から異能力が与えられている。これはその一つで、対象の時間を一時的に止めることができる。

 異能力には様々な種類があり、状況に応じて使い分ける。異世界鑑定士として経験を積めば、より強力で便利な異能力を使えるようになるとのことだ。


 それから瞬間移動の異能力で各所に飛びまわり、魔物の生態について調査していった。結果として、この世界には危険な魔物が多数生息していることが確認された。

 それ自体は珍しいことではない。ただ、転生者が序盤に訪れる場所にも、平気で即死級レベルの魔物が生息しているのは問題だ。


(世界の危険度は、やはり『高』とせざるをえない)


 それはつまり、総合判定が不可となる可能性が高まるということだ。

 では、それらの脅威を取り除けばいいのかというと、そう簡単にはいかない。

 異世界鑑定士が魔物を駆除するのは、基本的にNGとなる。

 あくまで事前調査に訪れているだけなので、なるべく世界に影響を及ぼさないようにしないといけないのだ。

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2025年12月18日 20:15
2025年12月19日 20:16
2025年12月20日 20:12

異世界鑑定士只野マヒトの調査報告書 なかたかな @kanakana5

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