異世界鑑定士只野マヒトの調査報告書

なかたかな

第1話

 人間界では、異世界転生が空前の大ブームである。

 その結果、死後に異世界転生を望む人々が圧倒的に増加した。

 この溢れかえる転生希望者に対して、相応しい異世界を提供する部門が神界に存在している。

 それが、転生割当省である。


 転生割当省は、昨今の異世界転生ブームにより多忙を極めていた。

 異世界への転生希望者が増えたことで、彼らに割り当てる異世界の調達が急務となったからだ。

 だが無数に存在する異世界に、適当に割り当てるわけにはいかない。各異世界について、しっかりと事前調査が必要なのだ。しかしそれらの調査に割く人員、時間が圧倒的に足らず、転生割当省はパンク寸前に陥った。


 その状況を重く見た神界は、外部に庁を設立し、転生割当省の業務の一部を委譲することにした。

 その新設された外部庁が、異世界鑑定庁である。


 異世界鑑定庁に委譲された主な業務は、その異世界が転生者にとって相応しいものかどうか、調査・鑑定することである。

 まず、その異世界が転生先に適しているかどうかを調べる。人間か、それに準ずる種族がいることは当然として、ある程度の文明レベルも必要である。


 環境や治安の調査も重要だ。それらの水準が低いと、転生後の死亡リスクが高まってしまうからだ。そうなると転生した直後に死亡し、神界に逆戻りという結果になる。

 他にも調査項目は多数あるが、これらの調査は一朝一夕で終わるものではない。専門の調査部門を設けるのは、当然の流れだったといえる。

 その新設された異世界鑑定庁で、実地調査を担当するのが、異世界鑑定士である。


 何を隠そう、この俺、只野マヒトは、その異世界鑑定士の一人である。

 ちなみに俺は人間だ。

 人間界で夭折したらしい俺は、神により異世界鑑定士にならないかと打診された。新しい人生を歩む選択肢もあったが、異世界鑑定士という珍しい仕事をやってみたく、神の依頼を受諾した。

 異世界鑑定士に必要な神界資格を取得し、業務に従事することになったわけである。


 俺が働いているのは、異世界調査第一課だ。

 ここで働いているものは、全員人間である。

 人間界の会社同様、みなスーツにネクタイ、ワイシャツなどのビジネススタイルだ。神々しい存在が闊歩しているような珍奇な世界観でなくて安心したものである。


 スケジュール表を確認し、次に向かうべき異世界の情報を読み込んでいると、くれない課長に呼びだされた。

 デスクの前に行くと、紅課長は難しい顔でこちらを見てきた。開口一番、


「きみの異世界鑑定は、不可判定が多すぎる」


 苦言を呈してきた。


「安易に可を出し、その世界で転生者がすぐに死んだら、それはそれで問題でしょう」

「それにしても、だ」


 紅課長はため息をついた。


「我々異世界鑑定庁が、転生割当省の業務過多によって新設されたことは理解しているだろう。しかし劇的な改善には至っておらず、本省では今も割り当て待ちが渋滞している状況だ。早く異世界候補を提出しないと、組織が再編されると脅されている」

「はあ」

「俺には関係ないみたいな顔をするな。組織が再編されれば、お前みたいな不可ばかり出す奴は真っ先にクビだぞ」


 しかし不可を無理やり可にすることはできない。俺が調査を担当した異世界が、たまたま不可判定が連続しただけだ。

 だが、言い訳を並べたところで意味はない。結果を出せなければ問答無用でクビとなり、強制的に次の人生を割り当てられることになる。その際、記憶の引き継ぎや、異能力付与もされることはなく、現代社会でつらい人生──人に転生しない可能性もあるが──を送り直すことになる。


 それも悪くはないが、せっかくやりがいのある仕事を見つけたのだ。もうしばらく、この業界で働きたいと考えている。

 だが、くり返しになるが、不可を可にするのは、仕事に誇りを持っている俺としてはできない行為である。

 はてさて、どうすべきか。

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