ノルマと剣

 魔王、ノルマ、衝動。

 三点セットらしい。

 

 ……ああ、分かる。

 それ、神託が生えたのと同じ種類の厄介さだ。

 

 本人の意思とは無関係。

 説明もなく、拒否権もない。

 ある日突然――

 

 魔王になる衝動ドン。

 

 いや待て。

 心の準備というものがあるだろう。

 履歴書もなし、研修もなし、

 気づいたら「はい、今日から魔王です」。

 

 そりゃ土下座もする。

 

 この魔王曰く、衝動は波のようなものだったらしい。

 最初は小さく、

 無視できる程度で、

 だが逃げると強くなる。

 

 破壊しろ。

 支配しろ。

 恐れさせろ。

 

 ――ノルマ未達成です。

 

 ああ、嫌な言い方だ。

 神託もノルマも、

「やらないと内側から壊れる」という点で同じだ。

 

 だがな。

 この魔王は、もう違う。

 

 衝動は既に失せている。

 完全に、綺麗に。

 後遺症なし。

 再発の兆候もなし。

 

 理由?

 簡単だ。

 

 ノルマが終わったからだ。

 

 世界に恐怖を刻め?

 違う。

 世界に「魔王が現れ、そして終わった」という事実を刻め。

 

 極大の光の柱。

 勇者の血を引く少女。

 剣の覚醒。

 土下座。

 

 条件、全部満たしている。

 

 復活はあるのか?

 ある魔王もいる。

 

 衝動を抑え込み、

 ノルマを未達のまま封じ、

「やらなかった」状態で生き延びた者。

 

 そういう魔王は、

 時間を置いて、また来る。

 より歪み、より苛烈に。

 

 だが、この魔王は違う。

 

 やった。

 全部、やった。

 恐れ、見せた。

 役目、終えた。

 

 だから――

 もう、ない。

 

 俺は剣として、それが分かる。

 刃にかかる圧が、もう存在しない。

 

 少女も、気づいている。

 戦うために握っていた柄が、

 今はただ、冷たいだけだ。

 

「……終わった、の?」

 

 終わったとも言えるし、

 始まらなかったとも言える。

 

 魔王は、深く頭を下げた。

 今度はフライングじゃない。

 地に足のついた、静かな礼だ。

 

「ありがとうございました。

 勇者の子孫殿。

 それから……剣殿」

 

 おい。

 剣に「殿」付けるな。

 むず痒い。

 

 だがまぁ、いい。

 

 神託も、衝動も、ノルマも、

 全部「生えてくる」厄介者だ。

 

 斬るべきは、

 人でも、魔王でもない。

 

 役割を押し付ける力、そのもの。

 

 剣生は続く。

 だが少なくとも――

 最初の一行は、こうだ。

 

 ・魔王を倒さず、

 世界の無理を一つ、終わらせた剣。

 

 ……上出来だろう。

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