魔王を

 斬らなきゃ、いけない気――か。

 

 なるほどな。

 それは剣を握った人間が、最初にぶつかる誤解だ。

 

 木ならば斧さんと木樵さんの出番だ。

 剣と少女の出番ではない。

 切り倒すべき対象というのは、道具ごとに決まっている。

 

 この年頃の娘の世界は、だいたい決まっている。

 家族。

 友達。

 せいぜい、少し広げて村と神殿。

 

 どっちも斬ってはいけない。

 斬れない。

 斬る価値も、意味もない。

 

 ならどうする。

 捨てればいい。

 切るほどの価値も意味もないものは、

 刃を向けるまでもなく、地面に置いて立ち去ればいい。

 

 そう思っていたのだが――

 

 少女が、ぽつりと口からこぼした。

 

「……魔王」

 

 まおう。

 マオウ。

 魔王。

 

 ほう。

 そう来たか。

 

 一気に話の規模が跳ね上がったな。

 痴情の縺れどころではない。

 家族でも友達でもない。

 捨てて済む相手でもない。

 

 それは――

 剣の出番だ。

 

 空気が、少し変わる。

 俺の中で眠っていた機構が、静かに起き上がる。

 

 魔王。

 世界の向こう側に立つ存在。

 斬る意味があり、

 斬らなければならない理由があり、

 そして何より、

 斬っても後悔しない対象だ。

 

 ……いや。

 後悔はするかもしれん。

 だが、それでも斬る価値はある。

 

 少女は俯いたまま、続けた。

 

「斬りたい、じゃない」

「……止めたい」

 

 なるほど。

 その言葉なら、まだ間に合う。

 

 俺は少女に語りかける。

 声ではない。

 だが、刃の奥から、確かな重みで。

 

 ――魔王はな、重いぞ。

 

 世界を背負うという意味でも、

 斬った後の責任という意味でも。

 何しろあいつ等勇者と世界をはんぶんこしようとする。

 世界だぞ。世界。大陸とか惑星とか銀河とか宇宙ですらない。

 世界。

 

 ――途中で投げ出すなら、最初から持つな。

 ――誰かに任せたいなら、置いていけ。

 

 少女は、少しだけ笑った。

 雨の名残を残したまま。

 

「……置いていけるなら、来てない」

 

 ……だろうな。

 

 よし。

 なら話は早い。

 

 剣と少女の出番だ。

 木ではない。

 人でもない。

 世界の歪みそのもの。

 

 俺は、初めて自分の役割に納得した。

 

 台座の剣ではない。

 託児所の守護柱でもない。

 痴情の縺れの刃でもない。

 

 ――魔王討伐、だ。

 

 さて。

 剣生一行目としては、

 悪くない。

 

 行くぞ、少女。

 魔王とやらに、

「斬られる覚悟があるか」

 聞きに行こうじゃないか。

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