その剣の先

 う〜ん。

 派手にやったが……どうなんだろうな、これは。

 

 正直に言おう。

 少し、やりすぎたかもしれん。

 

 極大光柱。

 神官召喚。

 正式認定。

 

 これでだ。

 これで使い手の第一声が――

 

「フッた男が憎いです。斬りたいです」

 

 とか言われたら、

 俺はどういう顔をすればいい。

 

 困る。

 非常に困る。

 

 最初の使い手というのは大事なのだ。

 剣生――いや、剣の履歴書に書かれる一行目だぞ。

 

 ・伝説の勇者

 ・国を救った英雄

 ・幼子を守った守護剣

 

 そういうのなら分かる。

 だが、

 

 ・痴情の縺れによる刃傷沙汰(初犯)

 

 これはダメだ。

 致命的にダメだ。

 後世の評価が一気に濁る。

 

 少女は俺を抱えたまま、俯いている。

 雨に濡れた髪が頬に張り付いている。

 肩が、小さく上下している。

 

 ……泣いている、か?

 

 俺は慎重に魔力を流す。

 斬撃系統、完全ロック。

 衝動反応、遮断。

 感情トリガー、要観察。

 

 ここで暴走する剣は、

 だいたい伝説ではなく事件になる。

 

「なぁ」

 

 声には出ない。

 だが、魔力の流れで問いかける。

 

 ――何を斬りたい。

 

 少女は、ぎゅっと柄を握り直した。

 だが、振り上げない。

 そのまま、首を横に振る。

 

「……斬りたい、じゃない」

 

 ほう。

 

「斬らなきゃ、いけない気がしただけ」

 

 それは違う。

 それは、剣を持った人間が一度は勘違いするやつだ。

 

 俺は少し、安堵する。

 ほんの少しだが。

 

 痴情の縺れは厄介だ。

 だが、理由の分からない衝動よりは、まだマシだ。

 

 神官が静かに口を挟む。

 年を取った声で。

 

「この剣はね」

「望みを叶えるための刃じゃない」

 

 よく言った。

 その通りだ。

 

 少女は顔を上げる。

 目は赤いが、焦点は合っている。

 

「……じゃあ、私は」

 

「まだ、使い手として仮採用だ」

 

 そうだ。

 本採用ではない。

 

 最初の一太刀は、

 血ではなく、覚悟であるべきだ。

 

 俺は決めた。

 しばらくは斬らせない。

 

 斬れるが、斬らない。

 抜けるが、振るえない。

 

 不満か?

 知るか。

 

 剣とは、

 持ち主を試すものでもある。

 

 さぁ少女。

 お前が斬りたいのが人間なら、俺は黙る。

 だが、

 斬らねばならないものが「何か別のもの」だと気づいた時――

 

 その時こそ、

 俺は本当に、お前の剣になろう。

 

 ……頼むぞ。

 俺の剣生一行目を、

 修羅場にしないでくれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る