雨と剣

 剣イン・ザ・レイン。

 

 ……雨だ。

 雨、雨、雨。

 降ってる。しっかり降ってる。

 

 お〜い、し〜んか〜んさ〜ん。

 屋根。

 屋根という概念を、そろそろ思い出しませんか。

 いや、今さら雨ごときでどうにかなる軟弱な剣ではないが。

 

 水は弾く。

 刃は濡れない。

 台座の周囲には薄い結界。

 水滴は境界線で迷ってから落ちる。見た目はなかなか綺麗だ。

 

 そんな中――

 ビチャ、ピチャ。

 

 足音がする。

 頼りない。

 軽い。

 幼子ではない。

 

 若い女。

 少女と言っていい年代だ。

 

 ふむ。

 雨の中で来たか。

 これは、なかなか……なかなかなかなか、だ。

 

 傘はない。

 フードもない。

 ずぶ濡れだというのに、足取りは迷っていない。

 視線が一直線だ。

 

 荒くれ者にありがちな「抜いてやるぜ」という圧がない。

 かといって、幼子の無垢とも違う。

 ――覚悟、か。

 

 台座の前で立ち止まる。

 息を整える。

 膝が少し震えている。

 寒さか、緊張か、それとも両方か。

 

 手が伸びる。

 

 警戒。

 障壁、半分解除。

 斬撃判定、待機。

 電撃、スタンバイ。

 

 ……だが。

 

 触れた瞬間、少女は顔をしかめた。

 痛みではない。

 冷たさでもない。

 

「……重い」

 

 ほう。

 いい感想だ。

 力ではなく、存在の重さを感じ取ったか。

 

 少女は無理に引き抜こうとしない。

 両手で柄を包み、目を閉じる。

 雨が頬を伝う。

 それでも手は離れない。

 

「お願いじゃない」

 小さな声。だが、逃げていない。

「使わせて。……必要なの」

 

 ――なるほど。

 

 抜こうとするな。

 俺と歩こうとしろ。

 

 あの時、自分で決めた条件だ。

 そして今、こいつは踏み越えようとしていない。

 

 雨音が一段、遠のく。

 結界が広がる。

 台座の周囲だけ、世界が静まる。

 

 さて。

 どうする、俺。

 

 荒くれでもない。

 幼子でもない。

 雨の中、理由を抱えて立つ少女。

 

 ……選ぶか。

 

 剣イン・ザ・レイン。

 どうやら今日は、

 台座を離れる日になるかもしれんな。

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