託児剣

 最近、幼子が台座に座る。

 

 ……おい。

 お〜い、親御さん。

 そこ、剣です。

 装飾品じゃないです。

 ベンチでもない。

 

 もっとも――まぁ、俺は触っても斬らんけどな。

 

 最近、少し凝っている魔力運用法がある。

 障壁。結界。

 神官連中がありがたがって唱えているアレだ。

 

 理屈は単純だ。

 刃の「斬る」という概念を、一時的に外す。

 代わりに「在る」「守る」「傷つけない」を前に出す。

 

 結果、今の俺は――

 触っても冷たい鉄ではない。

 切っ先も危険ではない。

 幼子が掴めば、掴めるだけの“何か”になる。

 

 だから、幼子は平気な顔で台座に座る。

 剣を背もたれにして。

 ……やめろ。姿勢が悪い。

 

 魔力は安定している。

 刃は眠っている。

 万一転んでも、障壁が先に反応する。

 

 我ながら、神殿向けの仕様になったものだ。

 神官が見たら「奇跡です」と言うだろう。

 違う。慣れだ。

 

 幼子は剣を見上げて、首を傾げる。

 言葉はない。

 欲もない。

 抜こうともしない。

 

 ――悪くない。

 

 力を誇示しない。

 使おうとしない。

 ただ「そこに在るもの」として扱う。

 

 ああ、なるほど。

 剣が選ぶ使い手というのは、

 こういう存在なのかもしれんな。

 

 もっとも、今はまだ早い。

 その手は小さすぎるし、歩幅も足りない。

 だから俺は動かない。

 

 台座の剣として、今日も立つ。

 幼子の重みを受け止め、

 魔力を集め、

 斬らぬ剣として在り続ける。

 

 ……だから本当に、親御さん。

 目を離すな。

 次に来るのが俺じゃない剣だったら、

 洒落にならんぞ。

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