村上春樹初期その3
走っている途中で、歩道の縁に座っている猫を見た。白と茶色が混じった、特に珍しくもない柄だった。こちらを一瞥してから、また前足を舐め始めた。その仕草を見ているうちに、なぜか猫が欲しいと思った。理由はなかった。呼吸が少し乱れていたせいかもしれない。
ランニングを切り上げて、近くのペットショップに入った。汗の匂いと、店内の消毒薬の匂いが混ざっていた。ケージの中には、どれも等しく元気そうな動物がいて、値札だけがやけに具体的だった。猫を見るつもりだったが、最初に目に入ったのは人だった。
元彼女がいた。隣には、マルジェラの服を着た男がいて、彼女の肩に自然に手を回していた。二人はアメリカンショートヘアのケージの前に立ち、何か楽しそうに話していた。内容は聞こえなかったし、聞く気もしなかった。しばらくして、その猫は箱に入れられ、会計に運ばれていった。
その頃から、腹が痛くなってきた。原因は思い当たらなかった。店員にトイレを借りて、個室にこもった。便座は冷たく、蛍光灯は少しうるさかった。用を足しているあいだ、さっきの光景を思い出すこともあったが、長くは続かなかった。
出てくると、犬のコーナーの前で足が止まった。大きくなりかけのキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルが一匹、奥のほうで座っていた。もうすぐ一歳になりそうなサイズで、顔立ちは正直言って整っていなかった。目が合うと、少しだけ首を傾けた。その表情が、なぜか悲しそうに見えた。
この犬を飼うのはどうだろう、と考えた。衝動だった。家にいる妻と相談すれば、たぶん現実的な話になるだろう、というところまで想像した。その想像は、妙に具体的だった。リードを持って散歩する光景まで浮かんだ。
そのとき、少し騒がしくなった。振り返ると、悠木碧がその犬を抱いていた。なぜ彼女がそこにいるのかは考えなかった。店員と話しながら、彼女は自然な動作でカードを差し出していた。犬は特に抵抗しなかった。
気づくと、店を出ていた。外はもう暗くなり始めていて、走る気分ではなかった。家路につきながら、妙な安心感と、説明できない空白が同時にあった。
その夜、妻と一緒に『まどか☆マギカ』を見返していた。どの話数だったかは覚えていない。ソファに座りながら、昼間の出来事をぽつぽつと話した。妻は相槌を打ち、画面から目を離さなかった。
そこで目が覚めた。部屋には誰もいなかった。テレビもついていなかった。独身であるという事実だけが、静かに残っていた。特に悲しいとも思わなかった。ただ、そういう現実が、そこにあった。
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