村上春樹初期その2

 失恋してから最初のクリスマスで、外は白くなっていた。雪は静かに降っていて、音を立てないぶんだけ、かえって目についた。ホワイトクリスマスという言葉が頭に浮かんだが、特別な意味は伴ってこなかった。ただそういう状態だ、という事実だけがあった。


 店は開けていたが、客が来る気配はなかった。シャッターは上げてあるものの、通りを歩く人影はまばらだった。スピーカーからはビートルズの『リボルバー』が流れていて、いつ買った盤だったかは思い出せなかった。古いものほど、来歴は曖昧になる。


 豆を量り、ミルに入れる。スイッチを押すと、機械音が店の中に広がった。その音が消えるまで、他のことは考えなかった。粉をドリッパーに移すと、焙煎の匂いが少しだけ立ち上った。それが良い匂いなのかどうかは、判断しなかった。


 湯を注ぐと、粉がゆっくりと膨らんだ。膨らみ方に問題があるようには見えなかったし、問題があったとしても、今日は構わなかった。抽出のあいだ、僕はカウンターの向こうに立ち、窓の外の雪を見ていた。どれくらい降り続いているのかはわからない。


 アルバムが後半に差しかかった頃、曲調が変わった。リズムが単純になり、音が円を描くように繰り返された。『Tomorrow Never Knows』だと気づいたのは、しばらくしてからだった。曲名を思い出したこと自体に、理由はなかった。


 その音を聴きながら、なぜか時間の感覚が少し緩んだ。未来のことを考えていたわけでも、過去を振り返っていたわけでもない。ただ、今という瞬間が少し引き延ばされたように感じられた。彼女の顔が浮かびかけたが、はっきりした像にはならなかった。


 コーヒーが落ちきり、カップに注いだ。立ちのぼる湯気はすぐに消えた。一口すすってみると、味はいつも通りだった。苦味も酸味も、特別に主張してこなかった。それが悪いとも、良いとも思わなかった。


 曲は終わり、次の音に移ったが、僕はそのまま同じ姿勢で立っていた。雪はまだ降っていて、店の中は相変わらず静かだった。何かを考えていたようでもあり、何も考えていなかったようでもあった。もう一口すすり、それで十分だと思った。

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