第5話 最強魔法少女なのに、何ひとつ上手くいかない
川沿いの土手に、少女は体操座りで座り込んでいた。
膝を抱え、背中を丸め、ただ川の流れをぼんやりと目で追っている。
夕暮れの光を反射して、ゆったりと流れる水面は穏やかだというのに――
その瞳には、まるで光がなかった。
「………………」
風が吹き、草が揺れる。
それでも少女は動かない。
「元気ないにぃ。大丈夫にぃ?」
ふよふよと宙を漂いながら、マスコット――スカラが心配そうに声をかける。
「……求婚された」
ぽつり、と落とすような声。
「良かったにぃ!」
「ツッ――良くねえええええ!!」
勢いよく立ち上がり、拳を握りしめて地面を殴りつける。
ドンッ、という軽い地響き。
衝撃の余波が地面を走り、川の水面に大きな波紋を作り、
近くにあった岩が――粉々に砕け散った。
「男だぞ!? 男に求婚されたんだぞ!?」
「何か問題あるにぃ?」
「大アリだ!! 俺は男だ!!」
「ルチアは可愛い女の子にぃ」
スカラはどこからともなく、ファンシーな飾りのついた手鏡を取り出し、
無言で目の前に突き出してくる。
「そういう事じゃねえよ!!
外見は女の子かもしれねえけど、中身は男だって言ってんだよ!!」
手鏡をひったくると、そのまま空の彼方へと全力で投げ捨てた。
「酷いにぃ! 僕の鏡が!」
「酷いのはどっちだああああ!!」
脳裏に、嫌というほど鮮明に浮かぶ光景。
白銀の鎧、真剣な眼差し、そして――
『私と、結婚してくれませんか?』
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
頭をぶんぶんと振り回し、呪いの言葉のような記憶を追い払おうとする。
それでも足りず、今度は地面に向かって、何度も頭を叩きつけた。
「ルチアの魔法少女力が上がってるにぃ!? 何をしたにぃ!?」
「何もしてねえよ!?」
錯乱しているこちらを見てなお、冷静に分析を始めるマスコット。
ふと気づく。
――これだけ頭を打ちつけたのに、痛みも怪我も一切ない。
「……魔法少女、頑丈すぎだろ」
小さく呟き、深く息を吐く。
「ふー……」
そして、もう一度大きく吸い込んだ。
落ち着け。
ここで暴れても、何も解決しない。
まずは、この状況を打開する手段を考えなければ。
「……スカラ」
「呼んだにぃ?」
「俺……私の魔力って、まだかなり残ってる?」
「うーん」
スカラはふわふわと宙を回りながら、足先から頭のてっぺんまでじっと観察する。
「まだ沢山あるにぃ」
「ちくしょう! やっぱりか!」
「でも、さっきのレインボー・メモリーズ・フィストで、かなり減ったにぃ」
「技名呼ぶな!」
だが、“かなり減った”という言葉は耳に残った。
――つまり、減らす方法はある。
「……元に戻るには」
拳を握る。
「やるしかない」
「やる気出てきたにぃ? 頑張るにぃ!」
意識を集中させようとした、その時だった。
「――よし! 行くぞ!」
遠くから、切羽詰まった声が聞こえた。
「……!」
反射的に宙へと浮き上がり、声のした方角へ向かって飛ぶ。
戻りたい一心だったのか、速度は自然と上がり、音を置き去りにする。
周囲の木々が大きく揺れ、突風が生まれていたが――
本人はまったく気づいていなかった。
⸻
林の奥。
そこには、赤髪のロングヘアの女性と、
全身を黒い体毛で覆われた、四メートルはあろうかという巨大なクマが対峙していた。
軽装の鎧。
機動性を重視した装備だと、一目で分かる。
「くっ……!」
鋭い爪と、女性の剣が激しく弾き合う。
静かな森に似つかわしくない、甲高い金属音が響き渡った。
「ピンチだにぃ!」
「分かってる!」
助けなければ。
そう思った瞬間――考える前に身体が動いた。
掛け声?
そんなことを考えている余裕はない。
「とりあえず助ける!!」
勢いを殺さず、その拳で――
クマを殴り飛ばした。
「ぐおおおおお!!」
巨体が宙を舞い、木々をなぎ倒しながら吹き飛んでいく。
赤髪の女性は、状況を理解できず、ただ目を見開いていた。
「登場の掛け声が無かったにぃ」
「仕方ないだろ……でしょ!!」
だが、クマは呻き声を上げながら立ち上がる。
標的をこちらに変え、再び襲いかかってきた。
「……結構殴ったぞ?」
「ほら! ちゃんとやらないから倒しきれないにぃ!」
「やっぱりかよ……」
げんなりしながら、技を探す。
被害が少なく、掛け声が短いもの――
「あ、これなら……」
一度、深呼吸。
「――星々の刃よ!
そのキラメキで悪党を一刀両断しちゃうんだから!」
ステッキが光り、形を変える。
夜空のような深い青色の刀身。
白い星を模した鍔。
どう見ても、子供向けの玩具のような剣。
「スターライト・スラッシュ!」
剣を振るうと、色とりどりの星を含んだ斬撃が放たれた。
クマは――両断。
「……よし、威力低めで――」
「――あ、星が周りの木を倒してるにぃ」
「……前言撤回」
周囲の木々が次々と倒れていく。
背後から、呆然とした声が聞こえた。
「……すごい……」
振り返ると、赤髪の女性が座り込んでいた。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ……ありがとう」
手を差し伸べると、女性はそれを取り、立ち上がる。
「助けてくれてありがとう。
私はレイナ。A級冒険者だ」
差し出された手。
綺麗な人だな、と思う。
「私は――」
「ちゃんと自己紹介するにぃ!」
「――私は愛と勇気のキラキラの魔法少女! ルチアだよ!」
沈黙。
風が一筋、吹き抜けていった。
「いい感じにぃ」
「良くないわよ!!」
「……まほ……魔法……少女?」
「……はい。魔法少女です」
「すまない。個性的な自己紹介に驚いただけだ」
同情の視線が、胸に刺さる。
「しかし……あのアビスグリズリーを軽々と倒すとは。
S級でも苦戦する怪物だぞ?」
「あ、あはは……」
横目で、両断された“それだったもの”を見る。
「ルチア、君は何者だ?」
「魔法少女です!」
笑顔で押し切る。
「……そうか。訳あり、なんだな」
その時。
「ぐううう……」
腹が鳴った。
赤面するこちらを見て、レイナは小さく笑う。
「助けてくれたお礼だ。ご馳走しよう」
「え、いいんですか?」
「命の恩人だからな」
異世界で、初めての食事。
ちょっとだけ、楽しみになった。
⸻
――聞いてない。
森を必死に駆けていた。
アビスグリズリーが、こんな場所にいるなんて。
「くそっ……!」
勝てるはずがない。
A級の私では。
だが――
目の前の怪物は、吹き飛んだ。
現れたのは、戦場には似つかわしくない服装の、美少女。
あまりにも綺麗で、
一瞬、目を奪われた。
そして理解する。
――あれは、冒険者ではない。
――化け物でもない。
でも。
“人”でもない気がした。
それが、
私と魔法少女ルチアの出会いだった。
世界一可愛い魔法少女になったけど、中身は男です もやし @erie-ru
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