指輪を外すとき、思ったよりも軽かった。三年間はめていたプラチナの指輪が、こんなにも軽いものだったことに、美咲は今更ながら気づいた。

駅前のカフェのテーブルに、小さな革のケースが置かれている。中には美咲が返した婚約指輪と、向かいに座る拓也から返された指輪が並んでいる。二つの指輪は、まるで何事もなかったかのように静かに光を反射していた。

「ごめん」

拓也が先に口を開いた。美咲は窓の外を見つめたまま、小さく首を横に振った。

「私も、ごめんなさい」

謝罪の言葉は、不思議なほど自然に口から出た。怒りも悲しみも、もうどこかへ流れ去ってしまったような気がしていた。

三年前、二人は大学の就職支援課の前で偶然ぶつかった。拓也の持っていた書類が散らばり、美咲が一緒に拾い集めた。それが始まりだった。同じ業界を志望していた二人は、その後も就職活動で何度も顔を合わせ、いつしか食事に行くようになった。

就職が決まった年の冬、拓也からプロポーズされた。レストランでも夜景が見える場所でもなく、いつも通り歩く帰り道の公園で、「一緒にいたい」という素朴な言葉と共に。美咲は迷わず頷いた。

けれど、社会人になってからの二人の生活は、学生時代のように単純ではなかった。

拓也は広告代理店に勤め、美咲は出版社の編集部に配属された。最初の一年は新鮮さで乗り切れた。二年目からは、互いの仕事の忙しさが見え始めた。終電で帰る日が続き、休日出勤が重なり、会えない週末が増えていった。

「来月、式場の下見に行こう」

そう約束しても、どちらかが必ず仕事で行けなくなった。延期を繰り返すうち、式の話題は二人の間でタブーのようになっていった。

決定的だったのは、半年前のことだった。

美咲が担当していた新人作家のデビュー作が好評を博し、編集部内で一目置かれる存在になった。仕事が充実し、夜遅くまで原稿と向き合う日々。その作家との打ち合わせを重ねるうち、美咲は自分の中に新しい情熱が芽生えているのを感じた。

同じ頃、拓也の会社では大型プロジェクトが始動していた。彼もまた、それまで以上に仕事に没頭するようになった。

ある日、久しぶりに二人で食事をしたとき、美咲は気づいてしまった。拓也の話す仕事の内容が、全く頭に入ってこない。自分の中で、彼の存在が以前ほど大きくなくなっていることに。

そしておそらく、拓也も同じだった。美咲が編集の話をしても、彼の目は遠くを見ているようだった。

「もしかして、私たち」

美咲が言いかけた言葉を、拓也が引き取った。

「疲れてるのかな」

それから一カ月、二人はもう一度向き合おうと努力した。予定を合わせて会う回数を増やした。けれど、会えば会うほど、違和感は大きくなっていった。

無理に話題を探している自分たち。沈黙を恐れている自分たち。

そして今朝、拓也から「話したいことがある」とメッセージが来た。美咲は、その時すでに分かっていた。自分もまた、同じ言葉を伝えようとしていたことに。

「結婚、やめよう」

拓也の言葉に、美咲は静かに頷いた。

「うん」

涙は出なかった。胸の奥がじんわりと痛んだけれど、それは悲しみというより、何か大切なものが終わっていく寂しさのようなものだった。

「俺たち、悪い人間じゃないと思うんだ」

拓也が、少し笑いながら言った。

「うん、そうだね」

「ただ、タイミングが」

「合わなかっただけ」

美咲が続けると、拓也は大きく息を吐いた。

「ありがとう。そう言ってくれて」

二人は、もう少しだけカフェに座っていた。窓の外では、通勤する人々が足早に行き交っている。あの人たちの中にも、様々な人生があるのだろう。うまくいっている人も、そうでない人も。

「あのさ」

拓也が、ためらいがちに言った。

「また違う人生で会えたら、その時はもっと上手くやれるかな」

美咲は初めて拓也の目をまっすぐ見た。彼の目には、かつて公園で指輪を渡してくれた時と同じ優しさがあった。ただそれは、もう恋人としてのものではなく、一人の人間として相手を思いやる温かさだった。

「きっと、お互い違う相手とうまくやってると思う」

美咲の言葉に、拓也は少し驚いた顔をして、それから穏やかに笑った。

「そうだな。それがいいな」

立ち上がる時、拓也が革のケースを手に取った。

「これ、俺が処分しておくよ」

「ううん」

美咲は自分の指輪を取り出した。

「自分のは、自分で」

拓也も自分の指輪を手に取った。二人は最後に、握手を交わした。

「元気でね」

「美咲も」

カフェを出ると、冬の冷たい空気が頬を撫でた。美咲は駅に向かって歩き出した。振り返らなかった。振り返る必要はないと思った。

帰り道、川沿いの道を選んだ。橋の上で立ち止まり、手のひらの指輪を見つめた。三年間の重さが、この小さな金属の中に詰まっている。

けれど、それは決して無駄な時間ではなかった。拓也と過ごした日々は、確かに美咲の一部になっている。

川面を見下ろすと、水は静かに流れていた。

美咲は指輪を握りしめ、そしてそっとポケットにしまった。これをどうするかは、もう少し時間が経ってから考えよう。今は、ただ前を向いて歩きたかった。

冬の午後の陽射しが、ビルの合間から差し込んでいる。美咲は深く息を吸い込み、歩き出した。

川は、変わらず静かに流れ続けている。

その水音だけが、美咲の耳に届いていた。

＊＊＊

【人間の感想】

個人的に、Claudeは表現力と再現力が高いと思っている。書いた文章のタイトルを考えてもらう時にも真っ当な案を出してくれる。ChatGPTはラノベかポエムになり、Geminiは論文の表題になる。

独創的な骨子の作成は苦手っぽくてこちらがプロットを考えてる時の口出しはくそやかましくて黙っててほしくなるが、適切なプロットと例文を出せば「この文体でこれを書いて」には忠実に応えてくれる。

今回で言うなら「川」というモチーフを作ってそれをもとに書いているから、他と違って骨組み丸出しではなく肉がついた文章表現に感じるのだろう。

何が言いたいかというと、ChatGPT・Geminiとは逆で細かいディティールは大体いいのに構造段階がふわっと流れていって深く印象に残らなかった。

三年前、就職活動中に出会ったんだよね。指輪を三年間はめてた。就職が決まった年にプロポーズされた。出会った瞬間に付き合い始めて即結婚を決めてるじゃん。堅実なのか性急なのかどっちなんだ君たちは。

むしろ就職活動というしんどい時期と望んだ業界に入れた喜びを共有したからこその短くて濃い恋愛だったのだろうけれども、その説得力は持たされないまま終わる。

新卒から二年程度で担当した新人がヒットを飛ばす有能編集者の美咲、おそらく会社ぐるみの大型プロジェクトに重要ポジションで関わっている拓也。今まさに結婚しておくべきだろう。籍を入れて同居（家庭内別居）してお互いの生活を侵食せずお互いの存在を感じながら貯蓄に励めばとてもいい老後を二人で過ごせたと思うぞ。

結婚は感情でするものじゃない、人生の安定のためにするんだ。恋愛感情だけだったら婚姻契約なんて必要ないのだから。と、ここまでの恋人たちを全否定してみる。

ただ、自分と似たような人間すぎて希求する気持ちが失われていくというのはある。美咲と拓也は確かに出会った時点で完了した関係性に見える。

居心地がよくて息がしやすくてそれはかつて恋に思えたけれども、水や酸素に恋はしないからな。

そういった利用の仕方なら良い設定になったが、実際には書いてないだけなのが残念。

AIに限らず人間もよくやる、書いてたらせっかく設定になったのに利用しなかったのでただの矛盾や違和感で終わるやつ。