婚約破棄の物語(ChatGPT)

婚約指輪は、思っていたより軽かった。白い箱を開けたとき、冬の窓辺に差し込む光が石の縁で跳ね、私の目の奥を刺した。胸の内側で、何かがきしむ音がする。壊れる直前の家具みたいな、鈍い予感。


「話がある」


彼はそう言って、椅子に腰掛けた。いつもより背筋がまっすぐで、視線は私の肩越しにある。湯気の立たないコーヒーが二つ、テーブルに並んでいる。豆の香りが薄い。私が入れたのに、失敗したのだろうか。

言葉はすぐには出てこなかった。彼の喉が小さく動くのを見て、私の指先が冷える。箱の角が手のひらに食い込み、軽い痛みが現実をつなぎ止めた。


「婚約を……解消したい」


音は静かだった。皿が触れ合うよりも小さい。けれど、その一言で、部屋の空気が変わる。壁紙の白がくすみ、時計の秒針が耳元で大きくなる。私は瞬きを忘れ、彼の口元を見つめた。そこから理由がこぼれ落ちてくるのを待つように。


「好きな人が、できた」


胸の奥で、きしみが折れる。息が浅くなる。私の喉から出た声は、他人のものみたいに乾いていた。


「いつから?」

「……半年」


半年。夏の終わりから、冬の入口まで。あのとき彼が忙しいと言っていた夜、連絡が途切れた週末、指輪のサイズを測り直した日。思い出が、順番を無視して押し寄せる。私はそれらを一つずつ掴もうとして、どれも指の間から落としてしまう。


「ごめん」


謝罪は丁寧で、誠実だった。だからこそ、腹の奥が冷える。怒りが湧く余地もなく、ただ、体温が下がっていく。


「私の、どこがいけなかった?」


言ってから、後悔した。彼は困った顔をして、首を振る。


「違う。君は悪くない。全部、俺の問題だ」


問題。解決策があれば直せるみたいな言い方。私は笑おうとして、唇の端が引きつった。

箱を閉じる音が、やけに大きく響いた。指輪を戻すとき、金属が紙に擦れる感触が指先に残る。私たちは向かい合ったまま、しばらく黙っていた。時計が進む。コーヒーは冷え切っている。


帰り道、風が強かった。駅までの道で、彼は何度か話しかけてきたが、内容は覚えていない。私は靴の先だけを見て歩いた。舗道のひび割れ、落ち葉の影。世界は細部ばかりが鮮明で、全体がぼやけている。

電車に乗り、席に座る。窓に映る自分の顔は、少し老けて見えた。指から指輪が消えた白い跡が、妙に目立つ。そこを親指でなぞると、皮膚がひりりとした。

家に着くと、部屋は静かだった。二人分の歯ブラシが並ぶ洗面台。彼のスリッパ。ハンガーに掛けたコート。すぐには片付けられない。私はソファに座り、箱を膝に置いた。

夜が深まるにつれ、感情は遅れてやってきた。怒りが先に立ち、次に悲しみが波のように重なる。胸が苦しく、息が詰まる。涙は出ない。代わりに、身体が重くなる。


翌日、母に電話をした。声を聞いた途端、喉が締まり、言葉が絡まる。事情を説明すると、母は短く息を吐いた。


「そう……。大丈夫?」


大丈夫、という言葉の意味が分からない。私は曖昧に答え、電話を切った。窓の外では、洗濯物が揺れている。風の音が、遠くで鳴る波みたいだった。


数日後、彼が荷物を取りに来た。段ボールを抱え、必要最低限の会話だけを交わす。私の視線は、彼の手元に行く。指輪はない。代わりに、見慣れない傷が小指にあった。


「……幸せに」


自分でも驚くほど、穏やかな声が出た。彼は一瞬、何か言いかけて、結局頷いた。

ドアが閉まる。鍵の音。部屋に残ったのは、私の呼吸だけ。段ボールの角で、床が少し擦れている。


夜、指輪の箱を引き出しにしまおうとして、ふと止まった。指輪を取り出し、窓辺に置く。街の灯りが石に反射し、小さな星みたいに瞬く。私はそれを、しばらく見ていた。

婚約破棄は、終わりだと思っていた。でも、静かに考えると、何かが始まっている気もする。空白の時間。誰のものでもない未来。

箱を閉じ、指輪をしまう。引き出しを押し込むと、木が軽く鳴った。私は深く息を吸い、吐く。胸の奥に残った痛みは、まだ消えない。でも、形は分かる。触れれば、確かにそこにある。


窓を開けると、冷たい夜気が流れ込んだ。遠くで電車の音がする。私はカーテンを揺らし、その音に耳を澄ませた。


***


【人間の感想】


ChatGPTは雑談しようとすると頼んでもない提案や助言がやかましくてこちらはネガティブプロンプトまみれになりがちなのに、「小説を書いて」と指示すると急に言葉少なになる。普段からそうであれよ。

なんでもかんでも説明しがちなAIの中では削ぎ落しの美学を理解できていて、物語創作自体には向いているほうだと思う。


冒頭は婚約指輪を受け取った時の回想で、婚約破棄(現在)に飛ぶのかと最初は思った。でも別れを告げられた時も主人公は箱を持っている。彼氏の家に受け取りにきたところで破棄を言い渡されたのか? しかし主人公の指には指輪の跡が。時系列が謎。

彼の家に置いていたという解釈も、主人公の家で半同棲状態だったらしき描写からおかしくなってしまう。

がんばって辻褄を合わせるなら、「婚約は半年以上前。彼に好きな人ができたのはプロポーズ後のこと。彼はもともと小指にアクセサリーとして指輪をしていた。プロポーズしてから主人公の指のサイズを測っておそろいの婚約指輪を作った。彼には好きな人ができて半年間揺れていた(主人公に指輪を渡していなかった)が、今さら『これを渡したい』と言ってきたので主人公は薄々察している。婚約指輪は結婚の約束ではなく別れの証になった。彼はずっとつけていた指輪を外して、主人公は初めてそこにあった傷を見た」とかそんな背景になるかな。

広げやすいとも言えるし、読む側が辻褄合わせをさせられるとも言える。


それにしても婚約指輪の箱ってたぶん角が食い込むデザインはあまりないんじゃないだろうか。

日本の感覚で「夏の終わりから冬の入り口まで」は半年どころか一週間もないかもしれんぞ。

最初から湯気が立っていないのに改めて冷え切るコーヒー。白い箱と白い壁紙も、ギャップにしたいのか重ねたいのか微妙な表現。

「ドアが閉まる。鍵の音。」それだと合鍵を返してもらってないことになる。

彼の家から駅まで歩いて電車で帰ってきた。彼は車を持ってなさそう。つまりダンボール箱を抱えて徒歩で帰ったんですか。

「箱を閉じ、指輪をしまう。」逆ゥ!

ごく個人的な印象だが「引き出しを押し込む」という字面が格好悪いのでそういう言葉の並びなら「抽斗」の字を使ってほしい。

主人公がカーテンを揺らしてるの? どういう絵面だ。「揺れるカーテンを見ながら、その音に耳を澄ませた」のではなく?


細かいディティールで気になるところが多い。ChatGPTに限らずAIは、当たり前だが身体感覚の表現が苦手。「世界は細部ばかりが鮮明で、全体がぼやけている」なんて描写をするならなおのこと細かいディティールにこだわるべきなのに。

一人称視点で主人公にも彼にも名前がないところは個人的にとても好み。母や彼の台詞も良い。

破談になったくらいで「誰のものでもない未来」なんて思っちゃう辺りが逆に婚姻関係に依存的だった性格が見える。

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