第7話 カルマの清算と偽りの過去

「――カルマの清算だと?ふざけるな!」


 ​ヒロトは、迫り来る時空安定器の光線から身を翻し、アンカーの台座へと駆け上がりながら、カシワギに向かって叫んだ。

 ​アヤメは、ヒロトを援護すべく、解析端末を操作してサーバー機器をハッキングし、工作員たちの足元に火花を散らす。


​「カシワギ! あなたが言う『カルマ』は、アムネシアが作り出した偽の業だ! なぜそれを、私たちが精算しなければならない!」


 ​カシワギは、工作員たちに指示を出しながら、冷静に答えた。


​「偽りではない。ヒロトくん、アヤメくん。君たちが1000年にわたり繰り返した悲劇的な選択の記録、そのエネルギーの蓄積こそが業(カルマ)だ。それは、ロープ状の時間に染み付いた魂の汚れだ」


 ​彼の言葉には、単なる安定を求める科学者の冷徹さではなく、どこか宗教的な狂信にも似た響きがあった。


​「我々は、君たちの愛憎という巨大なエネルギーが、ロープの構造を破壊することを恐れている。君たちが『自由な愛』を望むなら、その業を背負い、永遠にループの犠牲となるべきだ。それが、世界の安定と引き換えに払う、君たちの義務だ!」


 ​カシワギの言葉は、ヒロトの決意を揺るがす。自己の愛が、世界を巻き込む業であるという重圧。

 ​その時、ヒロトはふと、目の前のアンカーの円盤が発する、微かな紫色の周波数が、まるで過去世の記憶を再生するスピーカーのように感じられた。

 ​ヒロトは目を閉じ、意識を集中させた。

​――聞こえる。アムネシアが送っている情報が。それは、**「裏切れ」「諦めろ」「結末は悲劇」**という、絶望的な感情の青写真だ。


​「これだ……これが、俺たちを歪ませてきた声だ」ヒロトは呟いた。

​「違う、ヒロト。もっと奥を見て!」アヤメが叫んだ。


 ​アヤメは、自身も何度も経験したこの**「偽りの周波数」の奥**に、かすかに残る、本来の記憶を呼び起こすようにヒロトを促した。

 ​ヒロトがさらに意識を集中すると、紫色に輝く周波数の層を突き破り、白く穏やかな、別の周波数が、わずかに漏れ出しているのを感じた。

 ​それは、石碑のそばで見た、アムネシアの影響を受ける前の、平和な過去世の光景だった。

​――荒廃していない、緑豊かな大地。過去世のヒロトとアヤメは、笑いながら手を繋ぎ、未来を語っている。彼らの瞳には、恐怖も、裏切りの予感も、一切ない。


​その光景が、ヒロトの全存在を貫いた。偽りの業、偽りの悲劇。全てが、この平和な時間を破壊するための**「情報」**によって生み出されたものだと、ヒロトは完全に理解した。

​「カシワギ! あなたが守っているのは、安定じゃない。破壊された後の世界だ! 私たちの真の悲劇は、この平和な時間を奪われたことだ!」ヒロトは心の底から叫んだ。

​その叫びは、まるで時空を震わせるほどのエネルギーを帯びていた。工作員たちの持つ時空安定器が一瞬、ノイズを発生させて誤作動を起こす。

​アヤメは、この一瞬の隙を見逃さなかった。彼女は解析端末をアンカーの台座のデータポートに接続し、消去コードの最終調整に入った。

​「ヒロト! 彼らの狙いは、消去コードの実行を阻止することだけじゃない! 私たちの魂に、**『消去を選択したことによる罪悪感』**を植え付け、次の周回でまた苦しめるつもりよ!」

​カシワギは、ヒロトとアヤメの強い意志に、初めて動揺の色を見せた。

​「馬鹿な……君たちの魂は、その清算を望んでいないはずだ! 我々が守るのは、宇宙の構造だ!」

 ​アヤメは、消去コードの実行を待つ間、ヒロトに再び語りかけた。


​「思い出して、ヒロト。私たちは、この平和な過去を取り戻すために、この現代にまで辿り着いたのよ。私たちが今、消去コードを実行することは、1000年間の**『偽りの因縁』のカルマを、一気に清算する**行為なの」


 ​それは、存在の消滅と引き換えに、真の自由を手に入れるという、究極の哲学的な選択だった。

 ​ヒロトは、アンカーの台座の上に設置された消去コード実行スイッチに手を置いた。工作員たちは、安定器の誤作動から回復し、再びヒロトたちへと光線を集中させ始めた。 


​「やるぞ、アヤメ。この消去が、次の俺たちへの、最初で最後の、自由意志によるメッセージだ」


 ​ヒロトはスイッチに力を込めた。しかし、消去コードの実行には、まだ数秒のロード時間が必要だった。

 ​その数秒間、工作員たちの放つ光線が、ヒロトとアヤメに迫る。二人は、身を寄せ合い、最後の防衛態勢をとった。

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