第6話:アンカーの深淵と時空保存会の罠
旧研究棟の廃墟から再び地下通路へ潜ったヒロトとアヤメは、第4話で一時停止させたアムネシアのアンカーへと続く、最後の通路に立っていた。
通路の先には、古代の祭祀場の石室と、現代のサーバー機器が混在する、異様な空間が見える。そして、その中央には、再起動の準備を終え、微かに紫色の光を放ち始めているアンカー(円盤)が鎮座していた。
「アンカーが再起動を始めたわ。この光が最大になった時が、私たちにとって最も危険で、同時に唯一のチャンス」アヤメが息を潜めて言った。
その部屋の入口には、時空保存会のリーダー、カシワギが一人、静かに立っていた。彼は武装した工作員を連れていない。その手には、何も持っていない。
「よく来た、運命の逃亡者たちよ」カシワギは低い声で言った。「君たちがここに戻ってくることは、全て**『アムネシア』が仕込んだ筋書き**通りだ。君たちの抵抗すら、ループの維持に組み込まれている」
ヒロトは前に出た。「もう、君の言葉には騙されない。俺たちの愛は、偽りじゃない。偽りの運命を断ち切るために、俺たちは来た」
カシワギは無表情のまま首を振った。
「その『愛』こそが、最も破壊的なエネルギーだ。非線形時空論において、一組の魂が持つ強い感情は、時間を歪めるエネルギー源となり得る。君たちの愛は、1000年にわたってループを維持するために、アムネシアによって最適化されてきたものだ」
◆
カシワギは、ヒロトとアヤメを石室の中央へと誘導した。
部屋の壁面には、カシワギが遠隔操作しているのか、ホログラムのような立体映像が投影されていた。それは、アヤメが解説した**「ロープ状の時空間の歪み」**を示している。
トーラス構造のロープ上の一点に、血のような色の大きな**「傷」**が深く刻まれていた。
「見よ。これが、アムネシアのコードが時間軸を遡ってつけた傷だ。この傷が、君たちを何度も引き合わせ、そして悲劇に導いてきた。そして、君たちがこの愛を成就させようとするたびに、この傷は深くなる」
カシワギは、ホログラムの傷口を指し、続けた。
「君たちが求めているのは、愛の成就ではない。**『安寧』**だ。だが、このロープの安定のためには、君たちの愛が成就することなく、悲劇的な選択によってループを完結させる必要がある」
カシワギは、静かにヒロトに話しかけた。
「君は過去世で、アヤメさんを裏切った。それは、君の魂が、世界の安定のために無意識に選んだ選択だった。今、ここでアンカーの消去を躊躇し、アヤメさんを裏切るなら、君は再び世界を救うことになる」
その言葉は、ヒロトの心に重く響いた。彼は再び、過去世の裏切りの瞬間を追体験させられているような感覚に陥った。目の前のアヤメが、まるで裏切りを待っているかのように見えてくる。
◆
「……ヒロト、やめて」
アヤメは、ヒロトの瞳に浮かぶ迷いと、過去世の影を見た。彼女はゆっくりと前に出て、ヒロトとカシワギの間に割って入った。
「カシワギ、あなたには見えないの? そのホログラムに映っているのは、私たちを縛る偽りの運命よ。私たちの魂には、その『裏切り』の選択とは別の記憶がある」
アヤメは、力強くヒロトの手を取った。その瞬間、ヒロトの視界に、アムネシアの影響を受ける前の、平和な過去世の光景が再び閃光のように差し込んだ。
二人が純粋な愛で結ばれていた、あの穏やかな時間。
「私たちは、何度も裏切ったわ。でも、今回は違う。私たちは、裏切りの運命を、拒否する」
アヤメの強い意志が、ヒロトの心を覆っていた過去世の呪縛を打ち破った。ヒロトは強く頷き、アヤメの手を握り返した。
「ああ、今回は、君を裏切らない」
◆
カシワギは二人の行動を見て、静かに微笑んだ。
「素晴らしい。やはり、君たちは私を失望させない。君たちの**『自由意志による抵抗』**こそが、私の最後の試練だ」
カシワギは突如、手のひらで床を叩いた。すると、石室の壁が開き、奥から時空安定器を構えた複数の工作員が姿を現した。そして、彼らが手にしている安定器は、通常のモデルよりも遥かに巨大で、強力な周波数を放っていた。
「君たちの愛が本物であるなら、その愛を証明してみせろ。消滅と引き換えに、自由意志を勝ち取るがいい」
カシワギの言葉を合図に、工作員たちがヒロトとアヤメに向かって時空安定器の光線を放った。
アヤメは、アンカーへ走るヒロトに叫んだ。
「ヒロト! 彼らの安定器は、私たちが一時停止コードを使ったことで、最大限に強化されている! 急いで消去コードを準備して!」
ヒロトは迫り来る光線から身をかわし、アンカーへと向かう。残された時間は少ない。次の行動で、二人の運命、そして世界の法則が決まる。
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