3.王様は貧乏だ

 ここが異世界なのか過去であるのかは定かではない。

 しかしそれでも「王様」のイメージは物質的に恵まれた環境と国民や多くの国財を抱えるロイヤルなものだった。

 ハルキのイメージも例外ではない。

 だから貧乏に慣れすぎてしまったハルキは貴族とか王様とか文字通り住む世界が違う立場の人間になったこと自体も恐ろしく感じていたわけであるが……


 中世の王様は貧乏。

 今のハルキは貧乏王。


 ハルキの予感が的中しているのであれば金銭的な不自由さは、何も変わらないようだった。


(知らない場所に来てまで貧乏とか……いや、まだわからないな。俺はまだ何も知らない)


 しかしどちらに転んでも微妙には違いあるまい。

 とにかく悪い方にだけは転がらないように、否、転んでもダメージが少ないように心構えだけはしておくことにする。

 貧乏における平常心はとても大切だ。


「ところで床に敷いてあるワラは何?」


 先ほどからずっと気にはなっていたのだが、見てみないふりをしていた。

 城の床は本や映画にあるよう石畳だが、なぜかワラが敷かれている。

 部屋の石床の上にワラ……見ないふりにも限界の光景だ。


「何って……掃除のためだろう。お前、一体何をどこまで忘れてしまったんだ?」


 掃除のため……!?

 むしろ汚い感じにしか見えないが……!?


 貧乏であっても清潔さにおいて世界トップレベルを誇る日本人であるハルキにとっては全く理解できない。


(あぁ、そうか。掃除の最中か)


 理解できたのはそういう使い道だ。


「掃除の途中かぁ……そこに水を撒いてほこりを一網打尽にするっていう」


 新聞紙に水つけて玄関拭きます!みたいな。

 汚れてもいいものに湿気を含ませてほこりをとるのは、コストパフォーマンスにおいて最大レベルの使い方だ。

 ワラならそのまま自然に還るし、どんな時代でも生活の知恵ってあるんだな。

 なんとなく気が緩んでははは、と笑っていると返ってきたのは


「お前……本当に大丈夫か?」


 深刻そうな心配の表情だった。


「水なんて使うわけないだろう。このまま汚れたら取り替えるんだ。そんな常識も忘れたのか!?」


 非常識すぎるだろ。汚れるまで汚れたものを放置しておくのかお前らは。


 ついぞ、自らの性格をかなぐり捨ててそう無表情になりたい心地になったがむしろ衝撃的なのはその「常識」だ。

 ワラなんて踏めばぼろぼろになるし、風が吹けば埃が舞うし、何か虫が潜んでいてもおかしくない代物だ。

 箒ではけばいいだろう石の上に敷く利点が見当たらない。


「ちなみに汚れとりのほかにも、ほどよいクッション性を持たせ歩きやすくする効果もございます」


 ずっと黙ってその後ろに控えていた執事のおじいさま……おじさま? が落ち着いたトーンで利点を教えてくれた。

 あぁ、うん。石の上を一日中歩くのは疲れるもんな……?

 納得したところでどう考えてもデメリットの方が多いと思うのだが。


「えーと……」

「アルバートでございます。執事を仰せつかっております」

「ちなみに侍従長がベアトリクス、従騎士がマーカスでさっきいたメイドはコレットだ。もう覚えていることを聞き出した方が早そうだな」


 そんなに怒涛のように横文字名を言われても覚えきれない。

 ラルクが独り言のようにため息をつく傍ら、「じじゅうちょう」というのはメイドと別になっているから年配の方の女の人だな、とハルキは存在感の大きかった順に顔を思い出していた。


「覚えていることは?」

「ないです。異国から来た客人に接すると思ってゼロから教えてください」


 突然敬語で頼まれたので面食らった顔をしてから、ラルクは自らの額に手を当てた。


「ないとか。話は出来ているから言葉は忘れてないのが幸いだが……」

「文字はどうでしょう。読めますか」


 そういえばすんなり会話は成立している。自動変換されているようなものだろうか。

 アルバートが棚の上に立てかけてあった何冊かの本の中から、一冊手に取って渡してくれた。


「『植物図鑑』」


 表紙に書いてあった文字を読み上げる。時代観に沿ったその本は手書きだ。装丁は表紙はしっかりしており中は少し黄ばんでいる。羊皮紙というものだろうか?

 ハルキにしてみるとハンドメイドの一点ものという意味でとても貴重なもののように思える。

 中をぱらぱらとめくってみる。おおむね理解できた。


「読めます」

「敬語はおやめください、ハルキウス様。わたくしめは従者でございます」


 年長者は敬え、は現代日本においては必ずしも正しくはないが、年上でも年下でも他人をリスペクトしがちな日本人としては、はじめましての方にノー敬語は勇気がいる。

 それでもこの人たちから見たら、なじみのある王様にとつぜん他人行儀にされる違和感は計り知れないだろうとハルキの方が頑張ってみることにした。


「わかった。すまないけど先ほど言ったように異国の人間だと思ってすべて教えてくれるか?」


 たとえは間違っていないのでそうしてもらえたら有難い。そこで初めてアルバートは少しだけ眉を困らせたように寄せてから静かに頭を下げた。


「俺は領地に戻らないとだからこの城のことはこの城の人間に聞けばいい。それ以外のことはまた来た時にでも教える。まぁ巡行も終わったばかりだし、しばらくゆっくりすればいいさ」


 たまたま訪問していただけらしい彼は、今日の午後にはここを出るのだと言った。

 巡行とは? とも思ったがまず日常から始めなければならない。

 いつ帰れるのかもわからぬ中で、ハルキは小さな城の小さな部屋のことから聞いていくことにした。

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