2.中世という名の時代
その時タオルを持ってきてくれたのは、軽鎧を着こんだ青年だった。
兵士、騎士……いずれハルキからみれば時代錯誤の服装である。
タオルもごわごわしていてタオルといっていいのか謎な代物だ。白だが生成り色のようでもあり手触りは麻のそれだった。
年配のメイドが拭いてくれようとしたので謹んで自分で受け取って拭くことにする。服が水を吸いすぎて絞ったほうが早いと思う。
「ハル、大丈夫じゃないってどこか痛むのか」
どこかうつろなまなざしでとにかく頭から順に拭いていると、一番近くで膝をついている金髪の青年が覗き込んでくる。
見上げる形でよく見ると、整った面立ちだ。
金の髪に青い目。貴族っぽいというか貴族なのだろう。
遠い場所を見たくなる気持ちで悟ってしまう。
「痛くはない。けど……」
「けど?」
その場にいる全員が、同じ言葉を復唱しそうな様子でハルキの次の言葉を待っていた。
「あなた誰?」
改めましての質問に、その場の空気が一瞬、凍り付いた。
「誰って……何を冗談……」
「冗談じゃないです。というか、俺は誰?」
聞き方がおかしい。
そう思うのは周りの人間からの視点であってハルキからすればまったくそのままの疑問である。
俺は誰。
もっと正しく言うと「これは誰」、と聞きたい。
いい加減、自分が自分でないことはわかる。
全く意味が分からない状況だが、取り乱さないで済んでいるのは幸いというべきか。
困惑はしている。
「ハ、ハルキウス様……」
一瞬遅れて全員の瞳に憐憫の色が浮かんだ。
後ろの方に控えていたメンツも次の瞬間、わっ、と押し寄せて全員一緒にしゃべりだしていた。
「ハルキウス様! そんな……!」
「オレのことはわかりますか!?」
「コレットです! 先ほど一緒におやつを食べましたよね!?」
「わたくしが口うるさく言ったばかりに~!!!」
「王様、ともかく中へ入られては」
全員が心配してくれているのはよくわかったが、一斉に迫られて引き気味になっていると執事服の細身の男性だけが一歩下がって、背筋を伸ばしたまま静かに言ってくれた。
「そうだな、立てるか」
金髪の青年に腕を引き上げられて立ち上がる。彼よりは少し、こちらの方が背が高いらしく目線が下になる。
「俺はラルク、ラルクシウス。お前の幼馴染だよ」
涼しげな色の瞳にはやはり心配と、それから少し遅れて彼は苦笑をその形の良い唇の端に浮かべた。
建物の中に入る。
騒ぎがあったのは、どうやら裏庭の池らしい。
メイド服の女性の反応を見るに、疲労して落ちたのかあるいは自分で飛び込んだのか。
……水際は浅かったから前者だろう。飛び込んで死ねる深さには見えなかった。
そういえば自分も川に落ちたような、落ちないような。
空が大きく回ったことは覚えているのだがそのあとは……
ぼんやりしたいところだが、それは許されなかった。
明らかにここは城内だ。どこかのお城だ。
ラルクシウスの格好といい自分が王様と言われていることといい、周りにいた人々といい、何も否定する要素がない。
ここはお城の中どころか、中世っぽい。
巷では異世界転生なんてものが流行って久しかったが、それなのか。
怖い。
いろんな意味で、だ。
もちろん知らない場所で知らない人に囲まれて怖いのもあるし、ハルキの知っている中世観がおそらく一般の学生のそれと異なるせいもある。
ともかく何も理解できていないのがまず怖い。
ハルキは努めてそれだけは怠らないようにしようと周りをよく見てみることにする。
広くはないが調度品がそれなりに高級そうな部屋の中、持ってきてもらった着替えはやはり、教科書やゲームの中でしかみられないようなクラシカルなもの。
シルクだろうか。下着は光沢がある薄い布。その上に
膝丈くらいの長さの服で、ウェストをベルトで絞る。
ズボンとマント。
少しの装飾と留め具としてブローチを渡された。
強いて言えばブローチの意匠が凝っているというくらいで意外と簡素な服装だった。
ん?
「どうした?」
幼馴染でラルクと名乗った青年を見る。
こちらはコートのようなデザインで、見るからに上質で厚手に編み込まれた服を着こんでいる。
一目で「貴族」と思ったくらいだ。見たことのない服でも質が良くて、金糸なども使われてそれっぽかった。
自分の服。
「王様」と呼ばれた自分の服はチュニックだ。よく街角のポスターやら広告で見るクラシカルなRPGの勇者などが着ている服に似ている。
王様は勇者なのか?
ラルクを見るとそれくらい庶民的で質素に見えた。
そこでひとつ、ハルキは思い出す。
「俺は、王様?」
「そうだけど」
「世襲制?」
「基本は違うな。お前は俺たち貴族から選ばれたんだ。でも先王はお前の父親だから、世襲制ともいえる。例外的だけど」
それがどうした?
という顔をしながらもラルクは教えてくれた。
貴族の中から選ばれる王様。
それは真の中世の時代の選帝制度。
つまりハルキの知る「怖い」と思う中世のシステムのひとつだった。
「騎士団とかこの国どうしてる?」
「俺のとこの契約は秋に終わるが継続希望だろ? お前、友達のことは覚えてないのにそんなことは気にするのか」
怖い中世のシステムその1。
歴史上、とくに暗黒時代と呼ばれる初期から中期の王と騎士の関係は、主にレンタルだ。
異世界ファンタジーのそれは正しくはそこから数百年も先の「近世」のものであって、真の中世では選ばれた王は属する貴族たちの私兵を借りて、国の防衛に当たる。
当然レンタル料も発生する。
一方で通常は王の私兵が「国の防衛」にあたるのだがこれには「王の私財」が投入される。
それだけではない。
国政にかかわるすべてのものに王様の私財が用いられる。
なぜか?
王様だからである。
ゆえに中世の王様は、貧乏だった。
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