第3話 猫カメラ-読者への挑戦状 問題編・了


猫たちのカメラを見比べると、こうなる。


記録①:ドロシー

・5:00:カメラがオンになり、猫間美礼氏の後をついてトイレに向かう様子が映る。途中振り向くと、主人の部屋の扉には、大きなペットドアがある。

・5:10:主人と共にトイレから戻る。扉の奥から内側から施錠する「ガチャリ」という音が響く。

・5:10〜6:00:ドロシーは、扉の前の巨大な猫ベッド(図A地点)でごろごろしている。カメラの視界は、床から顎までの約30センチの高さしかないが、人が部屋に近づいた気配があれば、必ずドロシーが反応する角度で扉周辺を捉えている。この間、人間の足は映らない。

・6:00 :食堂へ移動。〜7:00まで朝食を作る飯田の足が映っている。


記録②:てこにゃんの映像

・5:00~6:00:2Fの猫用寝室で寝ている。

・6:00:1Fから地下への階段を降りるてこにゃん。登っていくドロシーとすれ違う。

・6:05:てこにゃんは地下私室の扉へ。ペットドアをくぐり、中に侵入。カメラがオフになる。

• 6:30:カメラがオンになる。てこにゃんは、ペットドアをくぐって退出。

・〜7:00:地下私室前のペットベッド(図A地点)に陣取り、ペットドア全体を監視するように座り込む。この間、てこにゃんの視界には人間の足は映らない。6:30にペットドアをくぐるレオが映っている。


記録③:レオ

・5:00~6:00:2Fのトレーニング室で遊尾と遊んでいる。

• 6:00:1Fへの階段を下りる。1Fフロアをウロウロしている。カメラにはあごのモフ毛がかかっていて少し見づらいが、動くものは何も映らない。

• 6:30:階段を降りてペットドアから地下私室に入る。私室前(図A地点)ではペットドアをくぐるてこにゃんとすれ違う。人間は映っていない。カメラがオフになる。

• 6:45:カメラがオンになる。レオはペットドアをくぐって退出。

• 〜7:00:レオは1Fフロアを通り2Fへの階段を上がっていった。


記録④:もちまるの映像

・5:00~7:00:2Fの猫用寝室で寝ている。

・7:00:地下階段前の通路全体を映すように(図地点B)ニャルソック(猫による監視)開始。そのまま階段前で寝転がり動かない。~8:00までの間、地下階段を通る人も動物も映っていない。

・8:00:飯田が地下階段を降り、施錠された地下室の扉を叩く姿が映る。


「ドロシーのカメラを見る限り、猫間美礼様が中から施錠したのは5:10頃のようですね。更に6時までは常にドアがカメラに映っていましたが、ペットも人も地下私室に近づいていない」


ユキが整理すると獣原が続いた。


「もちまるの映像を見ると、7~8時までの間には人もペットも扉に近づいていませんね。扉の監視が外れたのは6時〜7時。その間の犯行と考えて間違いないでしょう。しかしその間も、階段を上り下りする人の足はうつってませんな。犯人はどうやって部屋に入ったんでしょうね?」


「遊尾くんなら、壁とか伝って階段くらい降りれるんじゃないか」

「エッ!」

 ユキは考え込んだ。……犯人が入れたとすれば、どこからだろうか。階段横にあるものは大きなペットベッドのみ。

 ベッドはクッション製で、広さだけはユキのクイーンサイズのベッドよりあるが、高さはないので、これを使ったということは無いだろう。

 どれほどの身体能力でも、壁を伝っていくなどは不可能だ。身体能力は犯人特定には無関係だろう。


 また、扉には人間が入れるすき間などはない。ドアもペットドアも施錠されてた以上、正規の入室方法は使えない。

「本当にオレたちの中に犯人がいるんスかね?……例えばレオが犯人の可能性とか」

 遊尾が擦り寄ってきたレオをなでる。

 レオは心外だというように地響きのごとく喉を慣らした。

「バカ言うな。ナイフで刺されているんだぞ。犯人は人間だ」

 飯田は鼻で笑う。

 いつの間にかもちまるとドロシー、てこにゃんも競うように遊尾にまとわり付き、わずかなにらみ合いの結果、もちまるが遊尾の膝の上を獲得した。ドロシーも遊尾の肩の上に収まっている。

 てこにゃんはしきりに遊尾の手をペロペロと舐めて撫でろとせかしている。

「す、すごい懐かれてますね」

「いや参ったなぁ、トレーニング担当なもンで」

 居場所をなくしたレオだけが、満更でも無さそうな遊尾を詰まらなさそうに眺めてこちらへ寄ってきた。

 ユキも普段から猫に接しているとはいえ、慣れない相手にビクついているとレオはお構いなしに生臭い口をパクリとあけ、ベロンとユキの頬を舐めた。

(か、かわいい〜!!)

「人懐っこいんですねえ!」

 ワシワシとレオを撫でてやる。

「このうちの猫は全員警戒心が強くて従業員以外には決して近づかないんですけどね、レオはこの通りです。ただ私にだけは麻酔を常に持ち歩いてますし、注射をたくさんしたからか決してレオは近づこうとしません」

 獣原が悲しそうに言った。レオは獣原の目線を避けるようにユキの身体に隠れた。

 レオを撫でるたびにオレンジのレオの毛がパラパラと散って、ユキの服に毛が積もっていく。

 あまり手入れがされていないのだろうか。これでは触ったら服が毛まみれになってしまうだろう。猫のシャンプーはキャットグルーマーの毛狩谷の担当なはずだが。

「屋敷外の人間が侵入していた可能性は?」

 念のためユキが尋ねると飯田が答える。

「この館は正門以外から人や動物が出入りすると爆発するようになっている。ペットたちが逃げたら大変だからね……。また全ての出入り口に鉄格子がはまっていて、出入り不可能だ。正門は常にカメラで監視されているが、この1週間で出入りした外部の人間は猫屋敷さんのみ。あと、そもそも、旦那様の寝室のドアは部屋の中に猫間美礼さん以外の人間がいるときにはカギがかからないようになってるんだよ」

「なるほど。そうなると中に潜んでいるのに気付かず内鍵をかけたってセンもありませんね」

 可能性が絞られてきたようだ。

 ユキは、証言と映像を突き合わせるため、四人の使用人たちに視線を向けた。

「では、確認させてください。犯行時刻と推定される午前6時から7時の間、皆さんが何をしていたか、詳しく教えていただけますか?」

 飯田が最初に口を開いた。

「私は、ドロシーの映像にもあった通り、6時から7時の間、ずっと一階の台所で朝食の支度をしておりました。あの大量の猫の世話と、旦那様の朝食、そして我々五人分の準備は、一時間では終えられません」

「そうですね、飯田さんのアリバイは客観的な映像で確認できています」ユキは頷いた。

 次に、毛刈谷と獣原の番だった。二人は、ユキの質問に答える前に、何となく目を合わせ、そしてすぐに逸らした。

「毛刈谷さん、獣原さん。お二人は6時から7時の間はどうでしたか?」

 毛刈谷みいが、白衣の袖口を気にしながら、神経質そうに答えた。

「わ、わたくしは…獣原先生とずっと2Fの部屋におりました。ただ…そうですね、朝方の6時過ぎに目が覚めてしまって。少し落ち着きたくて、煙草を吸いに部屋を出ました。20分程度で戻りましたけど……」

 ユキは、獣原博士に目を向けた。

「博士、その間の毛刈谷さんの行動について、何か見ていますか?」

 獣原博士は、理路整然とした口調ながら、どこか気まずそうに答えた。

「ええ。私も朝方に目を覚ましたとき、彼女の姿がなかったので気づきました。聞けばタバコを吸いに外へ出たと。私は疲れていたので二度寝に入り、次に目を覚ました時、彼女が部屋に戻るところでした」

 ユキは獣原の言葉を追った。

「その際、毛刈谷さんの様子は?」

「特に変わった様子はありませんでした。この通り、彼女は極度の潔癖症ですからね。戻ってきたときも、同じパジャマ姿に返り血も、泥やチリひとつない。まるで洗いたてのように清潔でした」

 ユキは毛刈谷の完璧な清潔さを一瞥した。確かに、一切の汚れのない衣服をしている。

 しかし、猫間美礼氏の胸に刺さったナイフは抜かれておらず、出血も本人の衣服に染みている程度だった。あの様子では、特に犯人にも返り血は無かったはずだ。

 お互いに不明な時間があるということは、獣原も毛刈谷にも、6時台のアリバイはないということになる。

 最後に、遊尾俊敏だった。

「遊尾さん。あなたは?」

 遊尾はジャージのポケットに手を突っ込み、少し落ち着かない様子で答えた。

「俺っスか? 俺は……6時まではレオとトレーニング室で遊んでました。あの、抱きついたり、じゃれあったり。で、6時になってから、自分の部屋に戻って、そのまま7時まで自室でひとりで過ごしてましたよ」

「では、その自室にいた1時間の行動を証明できる人や、監視カメラは?」

 遊尾は首を横に振った。

「いや、俺の部屋にカメラはありませんし、誰も。……正直、自己申告っスね」

 遊尾の衣服にも血は付いていなかったが、オレンジ色の毛が全身に付いている。

「最後に私ですが……その時間はずっと2Fのキャッテリーにお邪魔して繁殖用の猫や子猫たちと遊んでいました。2Fの猫たちのカメラを確認すれば分かるはずです」

 ユキも自分の行動を申告すると、2Fの猫たちの監視カメラを使用人達に見せた。


 とんでもなく乱れた私生活を送る使用人たち。彼らの証言と、猫たちが記録した映像。そのとき、ユキの灰色の脳細胞が輝き始めた。


「犯人が分かりました」


「「「「エッ!!」」」」



挑戦状

犯人は誰で、どのように地下私室に侵入したか答えよ。


注意点

地の文には嘘はない。

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犯人当て-猫目館の惨劇(問題編) @teconyan

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