第2話 密室殺人
門の奥に立っていたのは、巨漢の執事、飯田 満腹だった。彼の顔にはいつもの無愛想さに加え、明らかな疲労と焦燥が浮かんでいた。
「猫屋敷さん……。なぜここに?」
「なぜって、そちらから一週間も連絡がなかったからに決まっているでしょう! 一体何が……」
ユキは怒鳴るのをやめた。飯田の後ろ、鬱蒼とした庭の中には、他の使用人たちの姿も見えた。白衣の毛刈谷みい、ジャージ姿の遊尾俊敏、そして背の高い獣原博士。
飯田は溜息をつき、事情を説明した。
「申し訳ありません。実は、先週の木曜日から電話線が完全に切断されており、修理業者にも連絡が取れない状態でした。使用人の携帯も全て圏外で。さらに、この敷地内の車も全てバッテリーが上がっており、脱出も不可能でした」
「土砂崩れは?」
「数日前から気象庁の注意報が出ており、まさか現実になるとは思いませんでしたが…この道は、年に一度ほど崩落します。電気、通信、輸送。全てを断たれ、私たちはまさに陸の孤島にいる状態でした」
ユキはひとまず安堵した。猫間美礼氏が存命で、従業員も無事。事件性がないなら、一晩泊まり、明日になって崩落が落ち着くのを待てばいい。真鍋にも一応「今日中に連絡がなければ警察へ」と伝えてある。
「猫間美礼様は無事なのですね?」
「はい。ただ、外界との接触が断たれたことにご不満で……。とにかく、日が暮れます。中へどうぞ。あなたも、この状況ではお泊まりいただくしかありません」
飯田に案内されたユキは、館の威容に圧倒されながらも、どこか安心感を覚えた。
館内は、外観とは裏腹に、生活感のある静けさに包まれていた。重厚なつくりだが、ところどころにペット用のクッションベッドが置いてあり、すべてのドアにはペットが出入りするためのペットドアが取り付けられている。
「猫たちはどこに?」
ユキの問いに、飯田が振り返った。
「繁殖用の猫は全て2Fのキャッテリーに収容しています。1Fと地下私室はペットの4匹だけ放し飼いを」
飯田は客室へ向かう間に見かけた4匹をユキに紹介した。てこにゃん、ドロシー、レオ、もちまるの4匹だ。
飼育しているペットについても猫間美礼には聞いていたが、こうやってあちこちに無造作に寝そべる姿には驚いた。
どれもペットショップでは一般的に扱わないような珍しい種類だからだ。
「てこにゃんは、ドンスコイですか」
ユキが尋ねると、飯田は微笑んだ。
「ええ、さすがにお詳しいですね」
ドンスコイは日本ではほとんど流通していない小型の無毛の家猫だ。
「いえ、ドンスコイを直に見るのは初めてです。ネットで見たくらいで……。他の子は日本でも見たことがありますが」
「てこにゃん以外は大きいですからね、日本ではあまり一般家庭では飼われていませんね」
ユキはよほどの富豪じゃないと難しいだろうなと考えながら飯田のあとに続いた。
ペットベッドやペットドアも特注品だろう。
ユキは一晩、客室で休んだ。廊下を歩く誰かの足音と、遠くで聞こえる低い唸り声のような音に目を覚ました。なんだか眠れなくなり、こっそりと2Fのキャッテリーで遊ぶなどの無礼も働いた。
翌朝、午前8時。ユキは朝食のためにダイニングルームへ向かった。しかし、そこにいるのは、飯田、毛刈谷、獣原、遊尾の四人だけだった。
「猫間美礼様は?」
ユキの問いに、飯田は憔悴しきった顔で首を振った。
「それが、朝になってもお部屋から出ていらっしゃらない。午前7時を過ぎると、必ず朝のブリーフィングに来られるはずなのですが……」
「ノックは?」
「何度も。しかし、お返事がありませんでした」
不安を感じた飯田とユキは、猫間氏のプライベートルームへと向かった。その部屋は、館の地下、最も奥まった場所にあった。
幅の広い階段を降り、分厚い扉の前に立つ。一般的な私室扉とは言えないような3m×3mはあろうかという大きな扉だ。扉は施錠されている。
「合鍵は?」
「猫間美礼様は、ご自分の部屋の鍵を私を含めた誰にも渡さない主義で……」
飯田は力任せに扉を叩いたが、頑丈な扉はびくともしない。
遊尾俊敏が、元サーカス団員らしい身のこなしで、扉の上のわずかな隙間から中を覗き込んだ。
「駄目っスね。内側から施錠されています。普通の鍵やマスターキーでは開きません」
ユキはドアにあるペットドアを押してみたが、全く動かない。
「ここも開かないんですね」
「ペットに生体チップキーを埋め込んであって、ペット専用のオートロックになっているんです」
ペットが通る時以外は開かないということか。厳重な密室状態だ。
「猫間美礼様が倒れていらっしゃる可能性がある。緊急時用に用意してある破壊ツールで破壊するしかありません」
十分後。重々しい扉が破壊され、一同は地下室へと踏み込んだ。
部屋の中央、豪華なペルシャ絨毯の上に、猫間美礼太は倒れていた。左胸にはナイフのようなものが食い込み、明らかに刺殺されていた。
「ひぃっ!」
極度の潔癖症である毛刈谷みいが、顔を覆い、壁に寄りかかって嘔吐を堪える。
獣原博士は表情一つ変えず、脈を測るために近づこうとするが、飯田が制した。
「動かしてはならない! 猫間美礼様が……殺された……」
ユキは冷静さを保とうと努めた。
「飯田さん、真鍋には『今日中に連絡がなければ警察へ』と伝えてあります。もう数時間で、警察が山を越えてくるはずです。それまで、この部屋を密室のままに保ち、誰も動かないでください」
ユキは視線を四人の使用人に向けた。飯田、毛刈谷、獣原、遊尾。
外界から完全に孤立した空間で、内側から施錠された部屋で起きた殺人。
「犯人は、この中にいる」
遊尾が震える声で言った。
その時、ユキの目に、一匹の猫がつけている首輪の小さなレンズが留まった。猫間美礼氏の猫研究の一環として、すべてのペットには、健康管理と行動記録のため、高性能の首輪型監視カメラが装着されていたはずだ。
「飯田さん! 猫たちの首輪についているカメラは?」
飯田は呆然としたまま、かすれた声で答えた。
「……はい。すべて録画され、一階の管理室のサーバーに自動転送されることになっております」
ユキの顔に、一条の光が差し込んだ。
「これを見てみましょう。猫の目が、何が起こったかを記録している可能性があります!」
かくして、殺人の謎を解くための、監視カメラ映像の調査が開始された。
管理室には4台のディスプレイが並び、4匹のペットのカメラ映像が同時に表示される。
残念ながら、音声録音可能なものはドロシーのカメラだけで、他のカメラは無音だった。
また、猫間美礼氏のプライバシー考慮のため、地下私室内ではカメラはオフになる仕様だ。
「中から鍵がかかってたけど、密室ってことになりますかね」
獣原が神妙に言った。
「え!? いや、うーん……それは……」
ユキが困惑していると、飯田が声を上げる。
「見て下さい。猫たちが交互にドアを見張ってる形になってます。(※点Aと点Bからドアが見える)人の足は映ってません。……開いたのもペットドアだけのようですね」
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