第3話 天は見ている

VDiver。

かつてVtuberと呼ばれる存在が名前を変えた姿である。

企業勢、個人勢、はたまたクリエイター側の人間が自分でキャラのデザインとモデリングをする派閥など多岐にわたる種類があるその界隈は、ASの発展と共に全盛を迎えていた。

様々な企業が立ち並び、箱とよばれる独自の世界を展開・運用する手法は現在でも使われていた。


彼女らもそんな企業勢の一人。

刀切なたぎりエヴァと西部にしべオリヴィアは事務所アウロラに所属する企業VDiverだ。

アウロラ、ギリシア神話で暁の女神とされるエオスと同一視されるローマ神話上の女神。

込められた願いは所属する子達が見ている人々の心の闇を晴らす暁のような存在になって欲しい、もしくは愛にあふれた女神アウロラのように、ファンとの愛を築き上げてほしいという物。

ファンとの愛とは恋愛的なものではなく、友愛もしくは家族愛に近しい物、見ていて応援したくなるような存在になって欲しいという事である。

そんな事務所に籍を置く彼女たちは今、


「「「「「サインプリーズ!!」」」」」

「きっもいなぁ!?テメェら!?」

「ちょっと度が過ぎていると思うよ!?」


サインを求める猛獣ファンから逃走劇を繰り広げていた。


「くっそ、距離を取るどころか詰められてやがる!おいオリヴィア!」

「何!?」

「お前重いからスキルを1個体重操作に変えろ。」

「重い!?今重いって言ったよね!?みんな!?」

オリヴィアはそばに浮かぶ配信カメラに向けて問う。


___________________

|オリヴィアの配信|コメント欄 ▽ |

───────────────────

・エヴァちゃん…そりゃないよ

・確かに言った

・いくら事実とはいえ……

・フィットネス系ゲームでばれた体重っていくつだったけ?

・確か53だった気が

・身長分からんからなんとも

・エヴァちゃんがオリヴィアちゃんの体重言及をしたと聞いて来ました!今どうゆう状況ですか?

・今は絶賛逃走中

・あの厄介ファン前もいたよね?

・金稼ぎ配信のときな



「あれ~?みんな私の体重の件流すの早くない!?てかそこ!体重書くな!!」

「みんなお前の体重に興味ないって。」

「んなアホな!?」

「というか、来るぞ!!」


エヴァの警告と共に追手ファンの一人の手から、火球が生成されてもう一人が風でぶっ飛ばす。

その火球はエヴァが運転するバギーの回避行動により、元居た場所を爆発させ炎に包む。


「あっぶねぇ…!オイお前ら!ファンじゃねーのかよ!サイン欲しくねーのか!!」

「我らは狂気的なファン。エヴァちゃんの運転スキルは知っており、回避することも織り込み済みである。だからこそのけん制と脅しを加えた一撃である!!」

「当たったらオレら死んで消えんだけど!?」

「その時はドロップしたゴールドと引き換えにねだるので無問題モーマンタイ!」

「くっそぉ…!」


ゴールド。

それはASのプログラムを用いて作った全鯖共通の金銭である。

ASのプログラムは汎用的であり、それを用いることで様々な企業が鯖を立て、独自のゲームを展開していた。

ASは現代のゲームの基盤、半世紀前的に言うならゲーム機本体となっていた。

そしてAS側から企業に対してゲームを展開するときに求められた規約の一つがゴールドという通貨単位の固定である。

ゲームである以上、物々交換では盛り上がらないため、その媒体となるものが必要。

現実だとドル、円、元、ユーロ、ウォンetc…ASだとゴールドである。

ゴールドで交換できるものは、アバターの作成権、外見変更権、食料、他者のスキル閲覧権やプロ選手への援助など。

AS利用のゲームでは全てに空腹値が設定されており、ゼロになると強制死亡する。

そしてASでは他者のスキルを覗くスキルは作れないようになっている。

劇的な知名度と人気を持つプロ選手にも10000ゴールド=1ドルのレートで援助を行える。

その見返りとして、援助額に応じた選手の個人の限定グッズなどが受け取れる。

糸目京都or関西弁はこれで月に数億の収入を得ていた。

これによりゴールドは全鯖共通で価値あるものになり、それを稼ぐことが一つのコンテンツになりえるほどだった。

実際に金銭稼ぎのイベントが運営側から提供されたこともあった。

過度なインフレを起こさないようにAS側からのAIを用いた全鯖の監視体制により、ゴールドは価値あるものとして存在し続ける。

ゴールドは今操作しているアバターが死ぬと、その半分をドロップする。

それはNPCやモブに殺されると宝箱の形で残り、ダイバーに殺されると人数割で殺した本人に送られる。


エヴァとオリヴィアはよく組み、コラボする、それは週に一度のペースであり、その仲の良さが伺える。

今日、二人が熱狂的なまでに応援するとある休業中のプロの為に、ゴールドを稼ぐ配信をした。

タイトルは『SAW活資金集め』。

サインと交換で返すと言っているがそれが本当かどうかは不明であり、配信似て稼いだゴールド約2億ゴールドを失うリスクは犯せない。

よって二人は今、死ぬわけにいかなかった。


刀切エヴァはアバターとしてデザインされた、しかしリアルの本人の姿を由来としたギザ歯をギリギリと噛み締め、憤慨する。

(なんっで、今なんだよ!?銀行振込までもうすぐだったのに!?)


時に、VDiverのリスナーにも熱狂的なファンは存在する。

今現在2人を襲撃中の彼らはその中で、ある派閥に属している。

名前は『ユニコーン勢』。

推しと絡む男が許せない厄介ファンである。

半世紀前、とあるゲームの大会でVtuberのコーチが決まらず、企画自体が頓挫しかけたことがあった。

これも『ユニコーン勢』を危惧して、決められなかったことが原因である。

よって彼らの真の目的はサインをもらう事ではなく、姿という理由でのゴールド強奪である。


「!また来るぞ!?捕まれ!!」

「うぇ!?へぶっ!?」

___________________

| エヴァの配信 |コメント欄 ▽ |

───────────────────

・こいつらウザイな

・あー多分こいつらユニコーンだな

・まじかよ…狙ってきたな


再び火球が二人を襲い、エヴァの運転により回避する。

鬼ごっこが始まってから2時間、何度も行われた行動である。

火球を撃つ目的は撃破よりも誘導、二人が銀行に振り込める都市へと向かう方角から変更させるため。

鯖で稼いだゴールドは鯖からログアウトした時点で0へとリセットされる。

それを避けるための銀行がある。

彼らは待つ。

痺れを切らして二人がログアウトするのを。

半分よりも最悪な0にするために。

理由はただ一つ。

『男と絡むのが許せないから』

アイドル化したV文化によって生まれたモンスター、それが彼ら【男からエヴァ/オリヴィアを守り隊】である。

構成員は百を超える。


「サインくださ~い!!」

(もう少しだな…エヴァちゃんは誰とも絡むのを許さん!)

「くださ~い」

(俺らが一番好きだから、俺ら意外とは絡ませねぇ!)

「くださ~い」

(オリヴィアちゃんの良さがSAWなんかに分かってたまるものか!)

「くださ~い」

(オリヴィアちゃんぺろぺろ!)

「くださ~い」

(百合に挟まる男は死ね!)


エヴァ推し2人とオリヴィア推し2人、後百合に男が挟まるのを許さない男一人を加えた5人は勝ちを確信していた。


(((((勝った…!)))))


実際勝ちであっただろう。

二人は疲労困憊し、視聴者も2時間同じ展開を見せられて飽き飽きしている。

これ以上続ければ、ファンを失う可能性もある。


(これ以上は無理か………くそ…!)

「………オリヴィア…もう…」


しかし、日本には因果応報という言葉がある。

天塚奏SAWているのだ。


「オあっ!?」


突如として作戦の主導を担っていた男が吹っ飛ぶ。

見ると、丁度男の首の高さにワイヤーが張っており、そこに引っ掛かり吹っ飛んだようだ。


「!?リーダー!?」


リーダーを乗せて運転していた運転手が驚くと同時に、目前に体を小さくしてドロップキックを放つ直前の全身黒ずくめの男が現れる。

バイザーで目元が隠れ、コートが翻っておりよく顔を視認できない男は、そのままドロップキックで運転手の頭を撃ち抜く。


「ゴッ!?」

「まずは2人。」


そして加速して蹴った男はそのままリーダーを引っ掛けたワイヤーを掴み、一回転してワイヤーの上へと器用に立つ。


追いかける側の3人と追いかけられる側の2人も突然の出来事に、乗っているバイクやバギーのエンジンを止めて、男を見る。

男は告げる。


「あと3人。」


そして男はワイヤーに体重を一気にかけて、たわませた反動で残り3人を狩るために、最も近いバイクの男へと飛び込んだ。



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